複雑・ファジー小説
- Re: Love Call ( No.58 )
- 日時: 2011/09/11 08:50
- 名前: 葬儀屋 (ID: 2cEGTv00)
私は今、変わった人と一緒にいる。
彼の名前はネクロフィリア。死体愛好家として”天使”たちを素敵な世界へ送っている変わり者だ。
しかし、話してみると、そうでもなさそうで。
まず気になったのは嫌に幼稚な喋り方だった。
私の義理の弟、すーくんも、数年前からこのような喋り方になった。まぁ、その引き金は現実逃避のようなものだったのだが、彼の場合は違うらしい。
気がつけば、目の前に少女がいて、自分を導いてくれた。
最初のうちは理解できずに苦しんだが、彼の幼い文章構成力を必死で聞き取っているうちに、それが記憶喪失だと言うことに気がついた。
「その子、名前も分かんないの?」
「うん」
「自分の名前も?」
「……あのこがいってたけど、わすれた」
その後、雪の中で少女は死んでしまったらしい。彼は其処で初めて”天使”を見て、葬送した。
「あのこがこのはな、にぎらせてくれて……だからじぶんはずっともっておこうって」
彼が目深にかぶる帽子にアクセサリーのようにして一本の勿忘草がささっていた。
「あのこいなくなったあと、とりしゅさんとこいった。でも、”てんし”つれていったらもういいって……じぶんはそれであるいてきた」
彼が夏場なのに分厚いコートを着ている訳もわかる。金の使い方も分からないのだから、服を買うことなどできはしまい。いや、その前に暑さも分からないのだろうか。
「それで……”てんし”たちがいたから、おくってあげた。そしたら……いつのまにかじぶんになまえがあった」
「ネクロフィリア……。意味分かるの?」
「したいあいこうか」
「その言葉の意味は……?」
「……わからない」
私は呆れて、息を吐き出し、彼を見た。
意外と整った顔立ちだが、そう若くもないだろう。二十代後半から三十代全般と見るのが妥当だろうか。
かわいそうだ。この年になって今までの記憶をなくし、さ迷い歩くことになったなんて。私は静かに手を合わせた。
「……わるいいみなの」
「……」
私はその問いにどう返すか迷った。
「うん、そう……か、かなぁ??? なんて」
曖昧に答えてみた。
彼は心なしか、落ち込んでいるように見えた。
「おーアヤノちゃん。どないした? そーんな顔してぇ」
「あやのぉ……ジュンががっこいけっていじめる……」
部屋から出る途端、すーくんが私に殺到した。そのうしろでは愉快そうに笑う此処の家の主人……ジュンさん。
「大丈夫、すーくんはがっこ行かなくてもいいんだからね……? ちょっと、ジュンさん。すーくんいじめないでください」
「そんなこと言われてもなぁ。俺はただ進めただけやで? 学校ちゅうもんは楽しいでぇ〜って」
「すーくんは楽しくないから言ってないんです。あんまり勉強とかの話、しないでください……。あれ? ユキフジさんは?」
ジュンさんはそーいえばとあたりをきょろきょろと見て、思い出したように手を叩いた。
「村に買い出しに行った。確か」
私は驚き、それがジュンさんの嘘ではないかと疑った。
「ほんとですか?」
「いや、これはホントや。今日急に行きたいゆーてな。アイツ、やっぱり不思議っ子やなーおもて」
ユキフジさんはあることで他人との接触を毛嫌いしている。数年一緒に此処にいる私に出さえ、あまり接触をしてくれないほどなのだから、他人が溢れかえっている村なんかに言ったら……。
私は慌てだしたが、ジュンさんがそれを呆れたように見下ろした。
「そんな慌てんでもいーやろ。アイツのことを信用しようや」
「ジュンさんはそれでいいかも知れませんが、もしパニックとかになったらどうするんですか。ユキフジさん、また傷ついちゃうんですよ?」
「まー其処は自己で何とかするやろ」
「……もう」
良い、と言いかけ、私は口をつぐむと、まだぐずっているすーくんへと呼び掛けた。
「すーくん。あやの、ちょっとユキフジさん探してくるからね。その後、遊んであげるから」
「……ほんとぉ?」
「ほんと。だからちょっと待っててね」
そのとたん、すーくんの顔がさぁっと輝きだした。流石、三日間すーくんをほったらかしにして、彼の話を聞き出していたブランクにこの効き目は素晴らしい。私も満足し、村に向かって足を進めた。
ふと、疑問が浮かんでくる。
ユキフジさんは何故自ら村に行ったのか。
良いことだと思う。気分を変えることは。
しかし、あまりにも唐突ではないか。何故今でなくてはならないのか。
考え過ぎなのか。
——早く見つけたいけど……——
人ごみを見つけ、私は静かに決心を固めると、そのざっとの中に足を踏み入れた。