複雑・ファジー小説

Re: 【参照200】Love Call【ありがとうございます!】 ( No.61 )
日時: 2011/09/11 12:06
名前: 葬儀屋 (ID: 2cEGTv00)

 不思議な感覚につられ、俺の脚は信じられないほどスムーズに人ごみを掻き分けて行った。

 祭りでもあっているのだろうか。やけに人々は騒がしいし、色とりどりのテントが建てられている。数人に呼び止められるが、ジュンから受け取った金は必要最低限のものであった。

 五月蝿いな……。

 正直言って、耳障りなこの雑音。

 此処に来てから、他人と強制的に接触することが少なくなった。部屋を準備しくれるジュンが色々と配慮をしてくれる。同じ屋根の下で寝ている他の人間ともあまり接触がないように。

——時期が来るまで待てばいいやろ?——

 時期なんて……来るはずない。

 ジュンに言い返すことは出来なかったが、俺はそう思う。時期なんて来るはずがない。

 人の流れと逆らって歩いてみると、自分が独りなのだと言う感覚に陥る。周りには大勢の人間がいるのに、まるで、自分が、一人だけ歩いているように。

 これが天の邪鬼とでも言うのだろうか。俺は自嘲し、ふと、昨日見かけた男を思い出した。

 金髪の男だった。黒くぶ厚いコートを身にまとい、部屋の中でさえ、顔を隠すように帽子を目深にかぶっていた。

 ネクロフィリア。噂での容姿と酷似している。

 しかし、何故彼があの場所に……。

 数日前、アヤノが勿忘草のことを話していたのは聞いたが。

 ……考え過ぎか。

 もし、あの場所に新たな住人が来たとしても、干渉をしないのならば何ら変わりはしない。

 人がまばらになってくる。テントもたたまれ、其処から先はゴミ一つ落ちていない。

 何処だろう、此処は。買い出しの店も探さずふらふらした自分も悪かったが。

 踵を返し、俺は元来た道を戻ろうと思った。足を出し、歩を進めていく。

 そして、十歩ほど進んだ時だろうか。背後から微かに声が聞こえた気がした。

「……おーい、其処の人ー!……」

 とうとう、空耳まで聞こえるようになったか。俺も、壊れてきてしまったんだな。

「おい! なんで無視するの? 君だよ君! Мそうな君!」

 崩壊の道へと進む己の精神に絶望しながら、俺は振り返り、振り返って、やはり壊れたのかと思った。


「アイ……シャ?」


「やっほー! やっと見つけた、外の人!」

 アイシャ……いや、その女性は俺の背中に飛び乗り、何故だか俺の髪を引っ張りだした。

「えー! やっぱり人間てさ、そーゆー表情見せるの? 感情ある人間、なんてレアなのぉ〜」

 普通より表情を見せない俺なのだが、そんな彼女があまりにもきらきらとしていたので、つられてひきつった笑みを見せた。

「わーシャイな子! まるで鼠みたいだね!」

 ……鼠? たとえが悪いような気もするが、これ以上かかわる必要もない。無言で彼女を下ろし、走り出す。

「ちょっと……俺は用事があるので」

「えー! 待ってよ、ちょっと!」

 後ろを振り向くと、彼女は歩きながら手を振っていた。小声で何か呼び掛けているが、聞こえないため、返事もしなくていいだろうと前を向く。

 とにかく、俺は早く買い物をして、あの安心できる場所に戻らなければならない。

 何故。外に出たのだろうか。


 後にアヤノから同じような質問を繰り返されたが、俺は何も答えることが出来なかった。

 彼女が俺の部屋を訪ねてきたのは、そのすぐの出来ごとだった。