複雑・ファジー小説
- Re: Love Call ( No.68 )
- 日時: 2011/09/16 21:51
- 名前: 葬儀屋 (ID: 2cEGTv00)
「嗚呼、今日はええ天気やなぁ」
身体を限界まで伸ばして、大空に掌を広げる。
その隙間から差し込む強い日差しに眼を細め、俺はにっこりとほほ笑んでみた。
金を稼ぐためとはいえ、慣れない事務仕事というものは大変だ。何が悲しくってあんな文字ばっかりも画面を見つめなければならない。幸いにもあまり仕事は詰まっていなかったため、外に気軽に出ることができた。
中指を差し出しかけ、はたと思い出す。
そう言えばつい先日、眼鏡からコンタクトにしたのだった。
……まぁ、最初のうちはなれへんのや。
誰かに言い訳を話しながら俺はまた背伸びをし、くるりと踵を返した。また活字を見ると思えば気が沈むが、新しく仲間に加わった彼の治療費を稼ぐためには仕方がない。
彼……ネクロフィリアは栄養失調に陥っており、本人は気付かなかった様子だが、かなり危険な状態だった。聞いてみれば数週間もまともな食事をしていないのだと言う。そこで、一日でおさらばする気だった彼をなだめすかし、一週間ほど、俺の家に泊まってもらうことになった。
しっかし……クロちゃんは何もんなんやろなぁ。
彼はここ数日のうちでチェスではこの村最強とも言える俺を打ち負かしたのだ。最初のうちは単語しか知らなかった文字も、今では絵本などを読めるようになっている。
今度は小説でもかって行ってやろうかなぁ……あのペースじゃ俺の家の全ての絵本、読み切ってしまうで。
試案をしながらクーラーのきいた事務所に入る。垂れ目で気のよさそうな先輩が俺に笑いかけてきた。
「どうだい新人君。仕事の方は」
「順調……って言いたいところですがねぇ。この頃、活字体見てなかったもので……慣れるまでは辛いですよ」
つい最近まで、クロちゃんと絵本読んでたからなぁ。
先輩は、はははっとやんわりと笑い、パソコンに向き直った。
「最近の若いもんはねぇ。活字離れってやつかな? もうちょっと自分たちのご先祖様が紡いできた歴史を尊重してほしいなぁ。ほら、昔話とかも知らない人、多いし」
正直言って、こういう先輩は有難迷惑だ。そんなことはとっくの昔に分かっており、こう見えても俺の趣味は読書。しかもその小説のほとんどがここらの地域にまつわる昔話ばかりだ。
にっこりと紳士的な笑みを浮かべながらそのことを丁寧に教えてあげようとした時、ふと、その先輩のパソコンの横に並べてあるカレンダーを見て、ある行事を思い出した。
『聖少女の日』
つい数年前、この村を襲った感染病。その原因を作ったのはこの地上に降りた堕天使であった……というべたなものだが、まぁ確かに堕天使の姿を見た者は多かったと言われている。しかし、そのせいで堕天使に容姿が似ているからと何人もの人間を処刑せざるを得なかった。そこでそんなことを繰り返すのなら……と一人の少女が生贄とも言えるような理由で、数人の堕天使の可能性のある男たちを連れ、遥か北へと旅立った。すると、たちまち伝染病は静まり、戻ってこない少女は聖少女としてあがめられ、彼女の勇気をたたえ、このような記念日を立てたのだった。
確か……二日後やな。
良い経験だ。お祭り騒ぎをしている外へガイキを連れ出してみよう。おせっかいだが、これもまた、かたくなに拒むガイキの心を引っ張れる力になるだろう。
一応、先輩には何も言わずに自分の席に戻る。また中指を差し上げかけ、くすくすと笑うと、パソコンの画面を見つめた。
帰路。俺は「聖少女」の小説を買い、家に戻った。
そして。新たな住人を目の前に、パソコンの画面がぐるぐると回り、気が遠くなるような思いをしたのだった。