複雑・ファジー小説

Re: Love Call ( No.85 )
日時: 2011/09/23 00:11
名前: 葬儀屋 (ID: cX9VSRxU)

 今日の朝。アヤノちゃんは不服そうに頬を膨らませたまま、私のところに飛び込んできて、

「ほんっと、アイツ性格最低だよ! もう、心配して損したぁ!」

 と叫んだ。あぁ、彼のことだねぇ。そう言えば姿が見えないけど、まだおねむなの?

「昨日出てちゃったよ! 思い出したくもないもん!」

 どうやら喧嘩しちゃったらしい。う〜ん、可愛い。これぞ青春だなぁ。まぁ、私としたら研究材料が無くなっちゃったことにちょっと落ち込んだけどね。

 朝食。いつものようにジュンがてきぱきとサラダなんかをつぎ分けてくれるんだけど……まるで彼がいなくなっていたことに気づいているように、ぴったりと残さずにつぎ分けていく。流石だなぁと思ったのは私だけで、そのほかの人は全員知らんぷりだった。

 結構、ファミリーって冷たい人が多いんだねぇ。私の微笑みにガイキが頷いた。

「……でも、みんなは優しさがある……」

 今日は『聖少女の日』。村中お祭り騒ぎになっている外へ、ガイキを連れ出していた。ガイキはいつもうつむきがちだけど、流石に屋台なんかが珍しいらしく、きょろきょろとあたりを見渡している。

「ねぇ、私たちデートしてるみたいじゃないぃ? 私、初めてのお祭りなんだぁ。ガイキ、いろんなこと、教えてよぉ?」

 ぎゅっと手を握ると、ガイキの頬は微かに紅潮。かっわいいねぇ〜。その反応。もっといじっちゃいたくなりそう。

「……デートでは……ない……俺は……俺といたら君が……」

「あぁ! ねぇあれって飴っていうっやつでしょ? 食べたいよ〜ガイキ〜買って!?」

 ぐいぐいガイキの手を引っ張っていく私に、流石に不安感を抱いたらしい。ガイキの足がピタリと止まったまま、その場所にとどまってしまった。

 仕方なく、静かな場所までガイキを案内すると、赤煉瓦の床に腰を下ろした。

 遠くでは人間たちの騒音が淡く聞こえてくる。ほっとしたように溜め息を漏らすガイキに、私は笑いかけた。

「此処ってね、「天使の集い場」って呼ばれてるんだよ?」

「……天使?」

「うん。まぁね、科学の進んだこのご時世、信じてくれる人も少なくなってしまったけど……。

 雲の境目から太陽の光が差し込むの、あれがこの村に降り注ぐ時、天使たちが舞い降りてきて、幸せをくれたんだって。其れがこの名前の由来……」

 微笑みながら私は空を見上げた。丁度、頭のてっぺんから光が降り注ぎ、光の筋が目の前の道に映し出された。

「でも其れもいつの間にか、いやな噂になった。其れの代表的なものがこの聖少女の話。前は良い役目だった天使たちも堕天使にされて、流行病の根本的な理由にされて殺された……あの話もね、すっごく無責任な話なんだよ」

「……聖少女の話……しかし……あれは嘘では……?」

 驚きに眼を見開くガイキ。そりゃこれだけ科学が侵略した世界に、生贄だか何だか言うのは通用しない気がする。

 でも、此処は片田舎。信仰はとても深い。 

「……実際に殺されたのは双子だった。幼い男の子、二人とも。ついでについ数年前……とか言ってるけど、それも二十年前。私たちは生まれてなかったんだよね。

 大人は理不尽だよ。幼い男の子を殺させたのも、同じくらいの女の子。ライフル銃でばーんと撃ったらしいしね。かわいそう」

 聖少女……と死んでからあがめられた彼女も不本意だっただろう。

 私はよっこらせと立ち上がり、そう言えば、とアヤノちゃんの言葉を思い出した。

——あのシャムシエルとか言う堕天使……——

「シャムシエル……ねぇ。どこかで聞いたことがあると思えば……」

「……どうした……?」

 くすくすと笑い、私はガイキを振り返った。

「んー……? なんでもないよ」


 ガイキも、後に知ることになるだろう。

 ジュンが買ってきた小説の中には聖少女の名と双子の兄弟の名がつづられていることだろうから。


 兄弟……兄エクエス、弟ユリウス。
 
 聖少女の名は……シャムシエル。


 これはあくまでも憶測ではあるが。もしだ。もし、双子の中で一人だけ……生き残った者がいて、その者が全てを捨て、聖少女に名をもらったとすれば……。

 アヤノちゃんの話は、良く聞いていたから。

「考え過ぎ。御伽噺のまた御伽噺」

 話を最後まで聞けなかったのは残念だった。