複雑・ファジー小説

Re: *鏡花水月に蝶は舞う* ( No.23 )
日時: 2011/08/12 20:53
名前: 琴月 ◆DUxnh/hEOw (ID: 6ux8t0L6)

第四話 直往邁進 

空を仰げば、澄んだ青空が広がっていた。
うるさいほど蝉の声が響き渡る。

墓参りを終えた暁と志岐は、三条大橋の上で鴨川をじっと見つめていた。

そろそろ楢葉を捜さなければならない。そう考えた暁は、そっと志岐に背を向け、歩き出す。

そのとき、川を見つめたまま志岐が呟いた。

「お前、行くあてがるのか」
「ない。人を探しているだけよ」
「今すぐでなくてはならないのか?」
「……何?」

振り返り、志岐を睨む。すると彼は厳しい顔でこう告げた。

「俺と、江戸に戻らないか?」
「なんであんたと一緒に戻らなきゃならないのよ」

意味が分からない。怪訝そうに眉を寄せる暁に、志岐も向き直る。

「もうじき、ここは……京は……戦場になる」
「戦……?どういうことよ」
「とにかく、ここにいては大火に巻き込まれる。急がないと手遅れになるぞ」
「…………」


いまいちこの男の言うことは信用できない。
しかし、その表情は険しく、嘘をついているようには到底見えなかった。

やがて、暁は深いため息をつくと、顔を上げる。

「……分かった。でも、あんたの世話になる気は……」
「分かってるよ」

楢葉を見つけ出せなかったことは無念だが、戦に巻き込まれて命を落とすことだけは避けたい。

志岐は、安堵の息を漏らす。

「行こう」
「ふんっ……」

志岐の差し伸べた手をぺちんとはじく。
そうして暁は苦笑した志岐を置いて、宿へと戻った。


* * *


江戸へと戻るため、二人は土を踏みしめて歩く。


「なぁ、お前、楢葉という男を知らないか?」
「お前って……名前で呼べよ」
「うるさい。私は知ってるのか、知らないのかを聞いてるのよ」
「いや、聞いたこともないな」

暁は明らかに気分をがいしたそんな彼女を志岐は、じっと見つめる。

やはり、こうしてみると、面差しがあの両親にそっくりだ。
整った顔立ち、白い肌、長い黒髪。
目つきは暁のほうが悪いが……。

「……なによ」
「いや、別に」

明らかに気分を害した程で半眼になる暁。

そういえば、京出会ってから一度も彼女の笑った顔を見たことがない。


「…………」

いや、と首を振る。

きっと、この娘は両親から離れて、今まで一度も笑ったことなどないのだろう。

彼女の瞳はいつでも暗い、闇に染まっている。
まるで、籠絡されているように。

あるいは。

きっと自分はもう二度と笑えない、そして幸せになどなれるはずがない。そう、思っているのかも知れない。

決して言葉では表せないものが、暁に取り巻く。


この娘に、本当の暁の光が灯る日がくることだけを願う————


「何してるのよ、早くしないと日が暮れるわよ」

いつの間にか暁と距離がついていたのにようやく気づく。

志岐は一歩、踏み出した。