複雑・ファジー小説
- Re: *鏡花水月に蝶は舞う* ( No.24 )
- 日時: 2011/08/03 15:55
- 名前: 琴月 ◆DUxnh/hEOw (ID: 6ux8t0L6)
数日後、二人はくたくたになりながらも、ようやく江戸へ到着した。
そしてその途中、京の町が戦で火の海となったという噂が耳に入った。
確かに、志岐の言うことは現実となったのだ。
本人は予想していたとはいえ、険しい面持ちとなっていたが、暁はただ平然としていた。
「お前、これからどうする?」
「そんなの分からない。別に今までもそうだったけど」
「そう、か」
このまま京にいれば、話を聞く限り命を落としていたかもしれない。
しかし、自分が生きていようがいまいが、何も変わらない。
と、暁は隣の志岐へ向きなおる。
「あんたこそ、どうするのよ」
「そうだな……俺は……」
そう、言いかけた時だった。
————ヒュン!
「っ!?」
一本のくないが二人へと目掛けて飛んでくる。
志岐はそれを片手で、いとも簡単に掴む。
「なんだ?」
志岐は、くないを持ったまま眉を
寄せる。
あのときと同じだ、と暁は息をのんだ。
暁は京へと上洛するとき、複数の男に襲われた。
最初はただの山盗賊だと思ったが、違う。
殺されそうになって、自分を救ってくれた人は————
「おい、そこに居るんだろ。出てこい」
志岐が声を張り上げた時、塀からぞろぞろと、黒い忍び装束を纏った男が現れる。
数は数十人は居るだろう。目をギラギラと光らせ、強い殺気を発しながら近づいてくる。
「おい暁、お前は……っ!?」
逃げろ。
志岐がそう言う前に、暁は懐から抜いた刀を手にもの凄い速さで男達のほうへ走っていく。
「おい、暁!」
志岐が叫ぶのが聞こえないように、暁はその刀で、相手の急所を深々と差し貫いた。
「ガハッ……」
その姿はもはや人ではなく、鬼女……紅蝶々だった。
暁の刀は軽やかに舞い、血飛沫をあげ、着物や頬を赤く染めあげる。
その様子を志岐は呆然と立ちすくんで見ていた。
自分がこうしてしまったのだ。
普通なら、町娘として穏やかに暮らせるはずだった暁。
それを自分が守りきれずに彼女を地の果てに堕としてしまった。
刹那、暁の背後から刀を上段に構えた男がそれを振り落とす。ハッと志岐は我に返り叫ぶ。
「暁っ!」
鈍い音が響き、鮮血が空を舞う。
暁は目を見張った。
「え……」
暁をかばうようにして、志岐は彼女の背後へと回った。
彼の二の腕から、ぼたぼたと赤黒い血が落ちる。
斬られた、そう確信したとき。
「!?」
辺りに強い風がなびく。
砂が巻き上げられ皆、腕を前にかざして目を閉じた。
目を開けたとき、志岐の体は青白い閃光で包まれていた。
短い黒髪が白へと変わり、深い紺色の瞳は薄い青灰の瞳と化している。
「志、岐…………?」
のろのろと顔を上げた志岐は、ゆっくりと刀の鯉口を切った。
次の瞬間、彼は風のような速さで刀を振るった。
短い悲鳴が絶え間なく上がり、何が起こったか分からないまま、次々と絶命する男達。
暁は、先程の志岐のように硬直していた。
自分が襲われたときに助けてくれた人。
志岐、と声に出せずに呟く。
目の前で刀を振るうこの人は、本当に、あの穏やかに笑う志岐なのだろうか。
そして、最後の一人の腹を刺し貫いたとき、彼を取り巻く冷たい空気は徐々におさまっていった。
「……志岐!」
暁が駆け寄る。
志岐は、焦点の合わない目で暁を見つめると、膝が砕けたようにその場へと倒れこんだ。
「ちょ、ちょっと、志岐!」
完全に意識を失っている。
暁は、きょろきょろと周りを見渡して彼を肩に担いだ。
* * *
さわさわと風が草を揺らし、川のせせらぎが心地よい。
志岐が目を覚ましたとき、暁は隣で膝を抱えていた。
「暁…………」
かすれた声で名を呼ぶと、彼女の肩がビクッと跳ねた。
「あ…………」
二人の間に長い沈黙が流れる。
すると、その沈黙に耐えきれなくなったように暁が立ち上がった。
空はすっかり暗くなって、天の川が見える。
志岐に背を向け、その場を立ち去ろうとしたとき。
「なっ……」
後ろから強く抱きしめられる。
その肩は、わずかに震えていた。