複雑・ファジー小説

Re: *鏡花水月に蝶は舞う* ( No.27 )
日時: 2011/08/03 15:56
名前: 琴月 ◆DUxnh/hEOw (ID: 6ux8t0L6)

第五話 鮮美透涼

「なっ…………」

いきなりの出来事に、暁はしどろもどろになっていた。

そのとき、志岐が口を開く。

「お前は、なんのために生まれてきた?」

唐突な質問に、言葉に詰まった暁だったが、いつものように平然として答える。

「そんなの決まってる。私は、人を殺すために生まれてきて、生きてきたのよ」

その言葉が志岐の心に、重たく響いた。

「違う……」
「違わないわ」
「違う!」

悔しい。
どうしてこうなってしまったのだろう。
どこで歯車が狂ってしまったのか。
優しいあの二人が目に浮かぶ。

「お前は……幸せになるために生まれてきたんだ」

ハッと暁は息をのむ。

自分は、この手で何人もの人間の幸せを奪ってきた。
そんな自分が、幸せになれるはずがない。
いや、なってはいけないのだ。

でも。

本当は、ずっと叫んでいた。

暗くて、とても寂しい場所で一人。

“どうして私には誰もいないの?”
“なぜ私はここにいるの?”
“怖い。怖いよ、誰か……”

そんな叫びに、気づかないふりをしていた。

会いたかった。
触れたかった。
話したかった。

自分を産んでくれた両親に。

どうしても欲しかった。
皆持っているはずの光が。

「暁…………?」

熱い雫が頬を伝い、鼓動が速まり、苦しい。

知らなかった。

涙というものが、こんなにも熱いなんて。

「くっ……うぅ……」

向きを変えて志岐の胸に顔を押し付ける。
こらえようとするのだが、止まらない。

「会いたい……母様……父様……」

会いたい、と何度も繰り返す。

「俺はもう、お前に人を殺して欲しくない」

さらに深く抱きしめる。

「お前は幸せになっていいんだ」

その一言で、暁は緊張の糸が切れたように、声を上げて泣いた。
泣いて、泣いて、ずっと泣き続けた。

頭がガンガンと痛み、手が痺れて。

必死に押し留めたものが溢れて、止められない。

そんな暁の頭を支えながら、二人はずっとそのままでいた。

いつしか、周りには蛍が舞い、まるで二人をその光で温めてくれているようだった————

* * *

やがて、泣き疲れてしまったのか、暁はゆっくりと目を閉じて眠りに落ちた。

志岐は、己の左腕を見つめる。
布が巻いてあり、止血されているようだが、赤い滲みが広がっていく。

きっと、こんな痛みではないのだろう。

彼女の傷は、深い。
一人でその傷と向き合ってきた彼女の心はボロボロだった。

「お前の仇は、俺がとる」

この娘がもう傷つかないように。

自分はもう一度約束しよう。

きっと、幸せにすると。