複雑・ファジー小説

Re: *鏡花水月に蝶は舞う* ( No.30 )
日時: 2011/08/03 16:01
名前: 琴月 ◆DUxnh/hEOw (ID: 6ux8t0L6)


「志岐」
「分かってる」

お前の言いたいことは分かっている。

翌朝、志岐は目を覚ました暁と共に、二人は江戸の町を歩いていた。
やがて、彼は人目につかない藤の下に腰を落とすと、真剣な眼差しで暁を射抜いた。

「俺は人間じゃない」

ぐっと固めた拳が震える。
目を見張った暁も何も言わない。

「妖、なんだ。容姿は人間なだけで……」
「あや、かし……」

妖。
つまりは化け物だ。
そして、自分は————


「白狐(はくこ)……つまり狐(きつね)なんだ」
「狐……」


昔、平安の頃に栄えた狐の妖怪———白狐。
今ではもう、自分が最後の生き残りだと志岐は幼い頃に諭された。
強い霊力を持ち、白い毛色の狐。
そうすると、何年経とうが、その姿はあまり変化しない。

普段は並の人間と変わらないのだ。
しかし、秘める力は大きいもので、それを解き放てばどんな人間も敵ではない。

異様なまでのあの力。
あの時の自分は、この力を具現化したものだった。


ぽつり、ぽつり、と自分のことを話していく。
暁は身じろぎせずにじっと志岐を見つめる。

すべてを話し終わったとき、ふわりと風が藤の葉を揺らした。
二人の間に沈黙が流れる。

口火をきったのは暁だった。


「私は……あの時から、薄々感ずいてはいた。でも……」


なんの言えばいいのだろうか。
掛ける言葉も見つからない。
すると、続きをさえぎるように、志岐も口を開いた。


「そばに、いたい」
「え……?」


そして暁の手を掴んで、自分の方に彼女の頭を優しく押し付ける。

「ずっと、お前を探していた。俺はお前のことをずっと前から知っていたんだ」

そう。
ずっとずっと、まだ暁が幼いときから。
暁はもちろん覚えてはいない。
しかし、自分が覚えてる。
心に刻み込んでいる。だから—————


「お前に、全てを話す」


ぐっと目を開く志岐。
彼の言うことが理解できない暁は、困惑したように瞳を揺らす。
ゆっくり暁の肩に両手をのせて、諭すように彼は全てを彼女に話した。



* * *



すべてを知った暁は、手をわなわなと震わせ、うつむいた。
大きく目を見開き、ぎゅっと手を握る。

自分の出生、母親と父親のこと、そして————

目の前で沈鬱な表情で視線を向ける志岐のこと。

一度大きく深呼吸して、相変わらず震える手で頭の簪(かんざし)へと触れる。
ちりん、と小さく鈴の音がなった。
幼い頃から身に着けていた簪。この鈴は、彼が自分へと贈ったものだった。


「今まで、黙っててごめん」


一人にしてやろうと志岐が立ち上がったとき。


「待って……」


ぎゅっと、彼の服の裾を握る。

今度は、自分の番だ。


「話す。私も……」

本当は怖い。
話せば、この人はどんな目で見るだろう。
この…………

————人殺しの自分を

でも、本当の自分を知って欲しかった。
偽りの自分ではなく、どんな風に思い、生きてきたか。

きっと自分は、今までずっとこの暗闇の中から救いだして欲しかったのだ。