複雑・ファジー小説

Re: *鏡花水月に蝶は舞う* ( No.31 )
日時: 2011/08/03 16:08
名前: 琴月 ◆DUxnh/hEOw (ID: 6ux8t0L6)

第六話 青天白日


「…………」


全てを打ちあけた暁に、志岐は何も言わなかった。
ただ、ぽんっと優しく暁の頭を撫でで穏やかに、悲しげに微笑むだけで。

その表情に、暁も胸がキリキリと締め付けられるようだった。


「志岐……」
「うん」


ぐっと力を込めて志岐の袖の裾を掴む。
これはもう、癖なのかもしれない。

暁が何を言いたいのか。
それは全て言葉に出さなくても、通じた。

震える声で何度も名前を呼ぶ暁。
ただ、うんとうなずくだけの志岐。

きつく下唇を噛む。
そうしないと涙がこぼれてしまいそうだったから。

嗚咽が漏れてしまいそうだったから。


「暁、腹減らないか。なにか食えるもん買ってきてやる」
「ん……」


一日何も食べていなかった暁へ、そっと労わりの言葉を掛ける。

食欲がないので首を横に振った暁だったが、くしゃっと頭をなでられる。
そして、そのまま志岐は甘味屋へと走っていった。

暁も、甘味屋の前まで来て椅子に座る。

冷や汗が背筋を伝った。
みっともなく震えて発した言葉は、本当に小さい声で。
それでも彼は、相槌すら打たずに無言で聞いてくれた。

「なんで……」

何故、志岐はこんなにも気にかけてくれるのだろうか。
父と母に頼まれたから。
本当にそれだけなのだろうか。

と、足元にころころと鞠(まり)が転がってきた。
どこかの子どもの物だろうか。

「…………」

立ち上がって鞠を手にする。
淡い桃色で色あせているそれは、薄汚れていた。
確か、向こうから転がってきたような気がする。

塀を曲がったとき———

「っ!?」

いきなり白い布で口物を押さえられる。
とっさに振り返ろうとしたとき、腹部に鋭い痛みが走った。
何者かが刀の柄で、突いたのだ。
ちりんと、身に着けた鈴が地に落ちる。

暁の意識は、そこで途絶えた————…………


* * *


「暁?」

手に二人分の茶を手に戻った志岐は、そこに暁がいないのに、言い知れぬ不安を抱いた。

慌てて茶を椅子に置くと、急いで辺りを見渡す。
近くの塀のしたに、きらりと輝くものがあった。

「暁の……!」

それは、小さい鈴。
いつも見につけていたという鈴を、そう簡単に落とすはずがない。

だとしたら。

「くそっ……!」

忌々しそうにはき捨てる。
油断していた。目を離した隙に狙われるとは。

ぎゅっと鈴を握り締める。

助けなければ。でも、どこに。

————そうだ、鍛冶屋。
先ほど、暁が生活していたということを本人から聞いた。きっとあの場所にいる。

「すみませんっ!」
「はい……?」

甘味屋の主人の娘に、声を掛ける。
彼女なら知っているかも知れない。

「この辺に、鍛冶屋は……?」
「さぁ……」

手を顎にあてて、考える娘。
確かに、刀を作る鍛冶屋との縁はないだろう。
どうすれば。

すると、後ろから中年の男性に声を掛けられる。

「兄ちゃん、鍛冶屋さんなら、ここから歩いて一刻のところにあるぜ。そこの塀を曲がってまっすぐ。そんで、橋を渡ったところだ」
「!!……ありがとうございます」

ばっと顔を下げて、一目散に走り出す。

速く、速くしなければあの娘の命が。

「暁っ……!!」

* * *

聞こえた。

自分を呼ぶ声が。

彼に問いたいことがある。

そして

伝えたいことがある—————……