複雑・ファジー小説

Re: *鏡花水月に蝶は舞う* ( No.35 )
日時: 2011/08/04 16:13
名前: 琴月 ◆DUxnh/hEOw (ID: 6ux8t0L6)

第七話 明鏡止水

先程まで澄んだ青だった空が、黒い雲に覆われた。
唸るような雷の音が轟き、ごうごうと雨が降る。

それが一層志岐の心を乱れさせた。

速くしないとあの娘が。

いや、大丈夫。

きっとあの娘の両親が守ってくれる。

ひたすら前だけ向いて走る。
雨に打たれ、体はすっかり冷え切ってしまった。

けれど、あの娘は————暁は。

もっと寒い所に独りでいるのだ。

速く、もっと速く。

「っ!」

橋の前で足を止める。

すると、数十人はいるだろうか。
刀を手にした男達に行く手を拒まれる。

こんなところで邪魔されてなるものか。

「どけ……!!」

志岐の体から青白い光が発せられ、神々しく輝く。
刀を抜いて、突きの形に構えたときだった。

このときを待っていたかのように、男達の口端が笑みの形に歪む。

違和感を覚えた志岐は眉をよせる。

男達は懐へ手を伸ばした。
取り出したのは黒い数珠。
そして一斉にぶつぶつと何かを唱える。


志岐の瞳が凍りついた。


なんだこれは。
力が溢れて溢れて————止まらない。


「ぐっ……」


胸の辺りが焼けるように熱い。

熱い熱い熱い—————!!

あまりにも強い痛みで声すら出ない。
膝を地につき、胸を押さえて痛みを和らげようとする。

しかし、青白い光は炎の如く周りの草を焼いていく。

強力な力が心の臓を貪る。

こんなところで。

意識が遠くなるのを気力で抑える。

たまらず目を閉じたとき、あの優しい二人の姿が見えた。
その次に見えたのは。

————会いたい……母様……父様……

震えながら悲痛な声で訴える、娘。

駄目だ。
まだ死ねない。

あの二人の願いでもあり、何より自分が最も望むこと。

それは簡単なようで、とても難しいこと。
あるいは、とても難しいようで簡単なこと。

絶対に途絶えさせるものか。


余裕に満ちた表情で、志岐を睥睨していた男達から血の気が引いた。
何が起こったのか分からず、後ずさる。

青年から発せられる光が、次第に金色を帯び始めた。
彼の瞳は薄い青灰から紅く変わり、鬼の————化け物のような形相となった。


「なにっ……数珠が……!」


手にしていた数珠にひびが入ったと思うと、ばらばらと音を立てて壊れる。

刹那、強い風が彼等を巻き込むようにして吹く。
その風は、金色の粉を乗せ一瞬舞い上がり、そして。

どさっと次々と男達が倒れる。

その様子を志岐はただ、放心したように視(み)ていた。

体が、全てがこの力にのっとられる。
この身が狐の妖に、化け物に。

自らの手をじっと見つめる。


行こう。


化け物へと変わり果てる前に。


この命が終わる前に。


彼女のもとへ—————