複雑・ファジー小説
- Re: *鏡花水月に蝶は舞う* ( No.39 )
- 日時: 2011/08/07 14:11
- 名前: 琴月 ◆DUxnh/hEOw (ID: 6ux8t0L6)
第八話 真剣勝負
屋敷の外へ出た志岐と楢葉は、間合いを取って対峙していた。
「————最後の挨拶は済んだか?」
「ああ。楢葉、貴様は俺とあの娘の仇だ」
スッと腰に差した刀を抜く。
これが、自分にできる最後の償いだ。
あのとき守れなかったことの償い。
絶対に、負けない。
志岐は楢葉へ刀を突き出した。
* * *
うっすらと目をあけた暁は、真っ暗な闇の中にいた。
深い、暗い闇。
怖い。鼓動が高鳴って、ひどく寒い。
「っ!!」
はっと後ろを振り返ると、見知った顔の青年が立っていた。
「志岐……?」
名を呼ぶと、志岐は悲しい笑みを浮かべて暁に背を向けて歩きだした。
慌てて追いかけようと足を踏み出す。
志岐、と何度も叫ぶ。
なのに。
彼は振り返ることなく先に進んでいく。
少しずつ小さくなっていく背中。
やがて、志岐の姿は見えなくなっていた————
「どうして……?」
何故、離れていってしまうのだ。
そばにいたいと言っていたではないか。
それとも、その言葉は偽りだったのだろうか。
「————暁」
「志岐っ!?」
背後から自分の名を呼ぶ声がした。
この名を呼ぶのは彼だけだ。
しかし、振り返ってそこにいたのは。
「あ…………」
今まで、誰よりも会いたかった人達。
絶対に会えなくて。
でも会いたくて。
諦められなかった。
その人達はゆっくりと暁へ近づき、抱きしめた。
「会いたかった、暁」
「こんなに大きくなって」
会いたかった。
会いたかったとも。
ずっと願ってここまで来たのだ。
「父様……母様……」
* * *
そんなはずはないと思った。
だって、もう会えないから。
だからひどく動揺して。
言いたいことはたくさんあった。
でも、言葉にできない。
涙と嗚咽しか出てこなくて。
「暁、お前は志岐が大切か?」
肩を父に掴まれて、真剣な表情で問われる。
志岐は、ずっと自分のために傷付いてきて。
「あの子のことを忘れられたら、あなたはきっと今までのことを振り返らず、楽になれる————でも」
母の優しい、暖かな手が頬に添えられる。
なんとなく、志岐の手に似ているなと思った。
「志岐を、あの子を本当の意味で救えるのは暁、あなただけ」
「暁、その名をお前に授けたのは志岐だ。お前はどうしたい?彼を忘れて、一からやり直すか。それとも……」
自分には何ができる。
彼のために、守ってくれた志岐のために。
ああ、そうだ。
まだ、伝えていない。
伝えなければならない言葉があった。
「私は」
彼を忘れる?
それで楽になれるのだろうか。
そうだとしても、私は。
「まだ、終われない」
凛とした声で答える。
すると、二人は満足そうに微笑んでもう一度暁を抱きしめた。
「暁。私達はね、あなたのことをずっと見守っている。どうか忘れないで」
「待っているよ、暁。お前が生きて、俺たちに再び会えるのを」
涙が零れた。
この選択は間違っているのかも知れない。
でも。
どうしても嫌だった。
忘れたくなくて。まだ、そばにいたくて。
「父様!母様!」
すぅっと陽炎のように消えていく。
大丈夫だよ、大丈夫。
闇なんて、もう怖くないから。
行かなくちゃ。
きっと、私のために傷ついてる。
伝えなきゃ。
きっと、待ってるだろうから。