複雑・ファジー小説
- Re: *鏡花水月に蝶は舞う* 新章スタート! ( No.48 )
- 日時: 2011/08/25 17:23
- 名前: 琴月 ◆DUxnh/hEOw (ID: 6ux8t0L6)
第一話 胡蝶之夢
ゆったりと流れる雲。
満天の星が輝き、雲の間から望月が覗く。
心地良くなびく風と合わせて、池の水が波打った。
その池の辺に、寂しく咲き誇る一輪花。
薄桃色の花は、ただ月を見上げたまま、風に揺られる。
————これで大丈夫……
幼い顔立ちの少年が無邪気に笑う。
屈託なく頬を緩めて、手を差し伸べてくれた。
会いたい。
もう一度会って、一緒に————
サァッと強い風が舞い上がり、草木が大きく揺れる。
薄桃色の花の小さな花弁が一枚、ひらりと舞った。
* * *
それは、星が瞬く綺麗な夜の出来事だった。
雑木林を真っ直ぐ歩いたところに大きな池がある。
その池は知る人ぞ知る、というくらいに存在しており、今ではほとんど誰も訪れなくなっていた。
そんな寂しい池でも一人だけ、姿を見せる者がいた。
「ふぅ……最近、草を刈ってないからここにくるのも、いちいち手間がかかる……」
今度、草を刈るのに鎌を持って来よう。
そう呟きながら、多くの木々を振り分けて池の方へと歩く、青年。
彼の名は、玲(れい)。
まだ二十にもならぬ、青年だ。
玲は年に何度か、ここに来ることにしていた。
この池の辺に、横になりながら夜空を見上げる。
それは、心安らぐ至福の時。
いつものように池の辺へと足を踏み入れる。
風が気持ちいい。
前と変わらない光景、だった。
横になる前、向こう側に何かが横たわっているような影を見つけた。
気になって、そっと近づいてみる。
近くまで来たとき玲は、目を見開いて急いでその影へと駆け寄った。
女の子だ。
「っ!嘘だろ……死んで、る?」
自分より、少し幼い顔立ちで手足も細い。
恐る恐る娘に触れる。
冷たい。
が、息はあった。
まだ生きている。
夜風にあたって体が冷えたのだろう。
とにかく、温めないと。
急いで自らの羽織りを娘にかけてやる。
ここから屋敷まで、そう遠くはない。
「んしょ……なんでこんな所に……」
背に娘を抱えながら、呟く。
この池の存在は、自分くらいしか知らないと思っていた。
あの池を偶然見つけたのだろうか。
倒れるほどのことがあって、たどり着いた……とか。
考えれば考えるほど疑問ばかり湧いてくる。
やがて屋敷に着き、自分の部屋に布団を敷いてやる。
あとで白湯でも持って行こう。
娘をそっと寝かせる。
心なしか表情も柔らかくなっていて、回復にはさほど掛からないとみえた。
「んと……あと何すればいいんだ?」
玲は、顎に手をあてて思案する。
ずっと一人暮らしだったし、風邪に掛かったこともほとんどない。
とりあえず。
娘の額に優しく触れる。
すると、彼女はくすぐったそうに微笑んだ。
「————」
声を抑えて歌いだす。
昔、母がよく歌ってくれた子守唄だ。
大好きな唄で、幼い頃はよく口ずさんでいた。
娘の白い手が愛おしそうに布団を握り、何か呟く。
そして、眦から涙が頬を伝った。