複雑・ファジー小説

Re: 忘却少女と言無竜 ( No.2 )
日時: 2011/06/07 22:44
名前: うnDne+ (ID: 0bK5qw/.)

◇◆序章◆◇


青々とした木々に囲まれた小さな池の畔。池の水面は僅かな紋を描きながら、二人の姿を映している。一人は、際立って美しく目立つ顔ではないが、霞草のような、健気な可愛さを有する少女。病的なまでに白い肌に、藍色の瞳が不自然な大きさを主張している。触れただけで、壊れてしまいそうな華奢な身体には、襟元に黒いリボンのついた、純白の膝丈のワンピースを纏っていた。もう一人は、色素の薄さが逆に目を引く、細身の中性的な青年。こちらもまた、白い肌をしている。だが、内から滲み出る輝く白といった感じで、不健康な印象はない。白に限り無く近い色の髪を耳の下まで伸ばしている。淡い空色の眼が、白に唯一の彩りを添えていた。紺パーカーにジーンズとラフな格好をして、胡座をかいて座っている。その隣に、少女が膝を抱えて座っていた。辺りには清浄な空気が漂い、生命の息吹を感じる。

「ねえ、白夜」

肩で切り揃えた、日本人形を思わせる艶やかな黒曜石の髪を揺らしながら、少女は隣にいる青年のパーカーの袖を引っ張った。その呼び掛けに、正面を向いたままの青年が、なんだい、と目で問う。

「白夜は竜を信じる?」

キラキラした子供特有の無邪気な瞳が、青年の生気に欠ける、だが中性的な美しさを持つ顔を見詰める。それに青年はふんわりと微笑むと、亜鶴は信じるかい、と逆に問い掛けるように首を傾げた。少女は一瞬きょとんとした表情を浮かべた。だが、次の瞬間には、満面の笑みで大きく頷いた。青年はそうか、と頷くと、それきり、眉間に皺を寄せ、考え込んだように黙ってしまった。
穏やかな沈黙が訪れる。たちまち、さっきまで聞こえなかった音が聞こえるようになった。小鳥の囀ずりが葉が擦れ合う音が風の声が混ざり合い、飽和する。溢れんばかりの光が大地に黒い木陰を作り、暖かな木漏れ日が池の水面に当たって幻想的な模様を生んだ。
青年が身動ぎする音で、沈黙は破られた。意味深な微笑みを浮かべ、いつか分かるよ、と目で語る。不機嫌そうに頬を膨らませながら、少女は言う。

「いつ?」

青年は、まるで、幼子の質問のようだ、と思いつつも、君は知ってる筈だよ、と自嘲を込めた笑みを返すだけに留めた。不服そうな少女の頭に左手を置き、余った方の手を振る。そして、悲しげな嘲笑はそのままで、忽然とその姿を消した──。


「もう時間がないの」

少女の薄い赫の唇が紡いだ言葉は蒼空に舞って、消散した。