複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝 ( No.7 )
- 日時: 2011/07/17 23:29
- 名前: 玲 ◆EzIo9fEVOE (ID: imShPjBL)
#02 ( 雨宿り )
大雨が小屋全体に降り注ぐが雨漏りすることはなかった。
どうやら雨漏りを防ぐため、屋根は修理されているようだが、かなり雑に修理したのだろう。
天井は修理した後はところどころ、残されていた。
病弱な娘を雨漏りで身体を冷えさせてはいけない。
だが、例え屋根が修理されていても隙間風が出るようならば意味がなかった。
しかし、修理しないよりか幾分マシなのだろう。
上がり框に腰掛けていたジュンは立ち上がった。
もうここに長居する必要も理由もないからだ。
依然として雨はシトシトと降り続けてるが、大分治まってきた。
優子はもう小屋を去ろうとするジュンに抗議の声をあげた。
「ま……ゴホッ……あめ、まだやんで………ゴホゴホ」
「喘息に良く効く薬草を取りにいってくるだけ、あと…ご飯もね」
ジュンのとっさの嘘に優子は、また寂しげに笑って。
「そう、……なんだ」
とだけ言って、それきり咳き込むことも笑うこともなく静かに目を閉じた。
ジュンは優子の傍に行き息をしているか、確かめれば予想どおり。
優子は寝ていた。頬が赤くおでこに手を当てれば酷く熱い。
熱が出たようだ。そして、雨漏りのお礼、と呟き小屋を出て松林から山へ通じる小道を進む。
喘息に効果的な薬草と、胃の消化に良い木の実や山菜など求めて。
ジュンは山奥へ姿を暗闇に身を任せ、消えた———……。
○
激しい雷雨になった。山奥に満足に山菜や薬草が生えており、山の果物も十分に生えている。
自然豊かな山だった。
両腕に抱えきれないほどの食料を抱えながら、山を降る。
下駄はカラコロ、カラコロ、と音を立てながら草特有の、ガサッガザッ、という音も立てた。
食料が両腕から零れないよう、しっかりと抱きかかえる。
獣道を下駄で歩く。
普通は怪我をしそうな場所もジュンは身軽に降りてみせたのだった。
ようやく松林の姿が見え始めたころ、聞きなれぬ女の泣き声が混じった独り言が聞こえてきた。
不意に気になり、忍び足で音を立てず、その女に近づいた。
身を木々で隠しながら、奇妙な独り言を聞く。
女は見た目からしてとても上品で高貴な夫人のようだった。
派手で美しい着物に肌が白く妖艶な美貌を持つ女が林檎のように赤い頬を更に真っ赤にさせ。
澄んだ声を、泣き声で低くさせて独り言を言う。
綺麗な顔は泣いても美しく歪み、醜くなることはなかった。
「何故……あの子は、あんな風に身体が不自由で……グズッ…グズッ…全部あいつらさえ、あいつらさえ………ゴメンね、優子。……本当にごめんなさい。………ゴメンね、グズッ—— なんでなんでなんでなんで?優子。……優子……優子や…………お母さんはお前の味方だからね、お願いだから、お願いだから、どうか……無事でいられますように。本当に、あいつらさえ、あいつらさえ、あいつらさえ、……いなければ良かったのに。何で何で何で何で何で。世の中は、理不尽すぎるわ……グズッ。優子……ゴメンね、………ゴメンね、ゴメンね、ゴメンね…ゴメンね、グズッ………」
優子の母親と語った女は泣きながら、松林の出口までフラフラ、と覚束ない歩きで。
泣き声と洟をすする音がいつまでも聞こえた。
そして不意に聞こえなくなったときには、もう、優子の母親の姿と声は闇に消えていた。
こんな大雨なのに傘も差さず、泣きながら詫びる女の姿はジュンの頭のなかに消えなかった。
—— あのころ、まだ生きていた母と重ねながら。
もうすぐ夜明けになるだろう。
大雨で曇った空ながら僅かに光が差してきた。
早く帰らなければ、山菜で煮炊きしてさっさとここを離れよう。
雨が降ろうとも濡れようとも別に風邪を引くわけない。
産まれてから一度も引いたことがないのだから。
引くはずがなかった。
——— ジュンは松林の奥へ姿を消した。
○
小屋に戻れば、相変わらず優子は苦しげに熱を出しうなされていた。
採って来た熱を下げる薬草を水瓶の水と一緒に熱しながら煎じ、優子に飲ませた。
優子はゴクゴクと飲み干し、幾分その苦しませた熱が下がったらしく少し表情を緩ませて眠りについた。
それから土間に入り、採って来た山菜とおかずにできる木の実やきのこをかまどで火を起こして水をいれグツグツに煮えたところ、食材を入れた。
それから、障子の外に置かれてた、包みを広げると中身は干物だったのでそれも入れる。
塩気があるから出汁になるだろう。
しばらくすれば山の食材と海の食材の出汁が混同した汁ものが出来上がった。
欠けて随分と汚れた茶碗に入れて、これもまた古びて汚れたお盆に乗せ、優子のもとへ運ぶ。
「……………ん」
「……あ、起きた」
匂いに気付いたのか、早くも優子が目覚めてしまった。
顔色は少し良く熱も大分下がったようで赤っぽくなくなっていた。
意識が眠気でぼんやりする優子の傍に汁ものを置く。
優子はそれに目を遣った。
「……わあ、美味しそう、ジュンくんが作ったの?」
うん、と頷いたジュンに優子は笑った。
とても可憐な笑みに思わずジュンは今まで思ってもなかった〝可愛い子〟という感情を優子に抱いた。
美味しそうに汁を飲み干し、『凄く上手だね』と褒め称えた優子が、とても美しく感じた。
そしてあの女の事が脳裏に浮かんだ。
泣きながら優子に詫びた母親。
あの女が何故優子に詫びるのか分からずじまいだったが、ある大きな違和感と疑問だけ分かった。
それは病弱でしかも身体が不自由なのに、食べ物が干物だけ。
それも海産物なのだ。否……ここは漁村だから海産物は当たり前として何故その大切な娘を干物だけしか食べさせないのか。
そして優子の母親が泣きながら詫びた理由は何なのか。
ジュンは今まで経験した、ある嫌なものが思い浮かんだ。
それは村八分なのか、どうなのか、まだ分からない。
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