複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝 ( No.9 )
- 日時: 2011/07/18 10:31
- 名前: 玲 ◆EzIo9fEVOE (ID: yLLAlAoY)
#03 ( 村の風景 )
優子はある程度ジュンが作った山菜汁のお陰で気力を取り戻し今は睡眠中。
その間に出て行こうかと思ったが、雨はまだ止みそうにない。
仕方なく村のことと優子のことが気になり始めたので調べようとそっと小屋を後にした。
松林を抜け、優子と出会う前、歩いた浜辺を歩く。
途中で地元の住人と思しき老婆に会った。
老婆は見かけぬ少年に首を傾げる。
不思議そうな表情の老婆にジュンは近づく。
「……おや、見かけない子だねぇ」
多分80代くらいの老婆がジュンに穏やかな口調で言った。
「今。旅行に来てるんです」
見た目とは裏腹に、大人びた口調のジュン。
老婆は内心、しっかりした子だと苦笑いしつつ。
「おやおや、珍しい服装じゃあないか」
今時、小紋柄の着物に袴を着てる子などいなかった。
下駄なら、まだ理解は出来るが、時代錯誤の服装の少年に老婆は違和感を覚えた。
歳の所為で曲がった腰を真っ直ぐに伸ばし、少年のほうを見た。
「田舎に居ましたので。偶然この町に用があってここに来たんです」
「そうかい、この村に旅館といえば、あの山奥の小さなとこだけだからね。知れ渡るのも遅いんだなあ」
老婆が納得したようにうんうん、と頷いた。
「あの……知り合いに宮本優子さんって知りませんか?」
「宮本優子…って宮本さん家の娘さんかえ?」
「はい」
老婆の顔色が変わった。
酷く驚いた様子に酷く違和感を感じる。
「………可哀相に優子ちゃんは生まれつき病弱でしかも身体が不自由という障害を持ってたんだよ。それでも手芸が得意で心優しい子でねぇ、そしてあんなに愛らしかったのに……持病の喘息の所為で死んじまうだなんて。宮本家の人たちは大いに嘆いて今も優子ちゃんの母親の奥様は思い出深いあの松林にフラフラ、と時々行ってるんだとさ」
これで大抵の事情は分かった。
優子は何らかの理由で死亡されたことになっていること。
そして優子の母親が何故あの松林で泣きながら、詫びながら、隠れたように真夜中にしか来なかったこと。
これである程度は分かったが、まだ分からないことはある。
何故その大切な娘を干物しか与えないのか、そして死亡扱いにされているのか。
事情を詳しく話してくれた老婆に礼を告げ、ジュンはその場をあとにした。
○
浜辺を離れ、村の中央あたりに来た。
民家がそれぞれ立ち並び、真ん中にある井戸で井戸端会議をしている主婦にでくわした。
見かけない少年に明らかに彼女等、しいては村人たちが好奇の目を向けてくる。
見かけないうえに時代と場に似合わない格好。
近所の子供たちすら、少年を見て後退りするのだった。
ふうん、と少年は短く発した。
そして村人含む村全体を見回すその目は酷く冷めた眼差し。
見た目とは裏腹の大人びた態度、雰囲気。
村人たちの大人ですら、戸惑う素振りを見せた。
だが、ジュンは態度を変えず、ただ冷め切った眼差しを見せて。
「———— そういう、ことか」
ジュンの言葉に村人の頭に疑問が思い浮かんだろう。
そして気付けば、その不思議な少年は村人たちのまえから消えていた。
村人たちは、いつまでも、首を傾げたのだった。
○
急いでジュンは浜辺を駆けていた。
カラコロ、カラコロ、という下駄特有の音が出ず、ただ砂浜の砂が下駄のなかに入り、サッサという音が出る。
別に帰らなくても良かったのだが、約束でも、義理もないのに。
何故か優子が気になり始めた。
——— サッサ…サッサ……
砂浜の音とともに松林の入り口が見えた。
もうすぐ優子に会える。
駆ける足は更に強く早くなった。あと少しで松林の奥に優子が寝ているだろう。
あるいは突然いなくなった自分に、どうしてと嘆いているだろう。
あともう少し、もうすぐ……。
.