複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝 ( No.10 )
- 日時: 2011/07/18 10:46
- 名前: 玲 ◆EzIo9fEVOE (ID: ICvI0sBK)
#04 ( 慕情 )
小屋に着いたころ、辺りは日が暮れていた。
初夏近くなので明るいが、夕方の夕日が沈みかけていた。
もうすぐ夜だ。
松林が夕闇に包まれる時間帯。
村を出る途中、何処かの民家で置かれていた大根などの野菜、と袋に包まれてた塩と砂糖。
そして鮮度抜群の鰯を両腕に抱えて障子を開けた。
土間の上がり框に腰掛けていた優子と視線が合った。
「…………何処に、行ってたの? なあに、それ?」
優子の視線はジュンの両腕に抱えられている食料に向けられた。
「……………貰ってきたもの」
「嘘。盗んじゃ、ダメじゃないっ!」
「…………ゴメン」
とりあえず謝るしかなかった。
優子はなにか思いつめた様子だったが、深く溜息を零したあと。
いつになく出会ったころとは違う、真剣な表情を見せた。
そして、泣きそうな顔になる。
次第にポロポロ、涙が溢れて冷たい畳の床に落ちた。
洟をすすりながら、その涙を拭い払い。
優子はようやく自身の身の上話をした。
「あの……ね、あたしね、本当は死んだことになってるのよ……だから、例え事情を話し貰ったとしても、貰えるはずが、ないじゃないっ……。まあ、——— 知るわけ、ないか。………あたし、この家の恥晒しなんだって。…………お父様に言われたの。そして本当はあたし、ここで飢え死にさせられる運命だった………の、だけど。お母様が……あたしのために、……干物を毎日届けに、来るんだあ。一食分だけだけど、それでも……あたしには嬉しいんだよ。本当にありがとう………ゴメンね?」
涙で引きつった笑みを浮かべる優子。
妖怪のジュンは人間の心情は余り理解できないが、それほど酷い父親だったのか。
実の娘に恥晒しと良く平気で言える父親。しかも、飢え死にさせようとする悪辣さ、同情すら微塵も感じない極悪非道な男。
美しき母は娘を守るため、怪しまれないために干物だけしか持ってこれなかったのか。
では何故その母親はともかく父親は娘を恥晒しと言い放ち飢え死にさせる理由は、その真意は何なのか。
さっぱり分からない人間の心情というものだった。
未だかつて経験しなかった出来事に頭のなかで繰り返し繰り返し考えるものの、分からない。
自分は妖怪の母と人間の父の半妖の子で妖怪の母は妖怪のなかでも高い妖力を持つ妖怪だ。
ジュンも、その母の力を受け継がれており、難なく今まで暮らしてこれたが、父が己が生まれた直後、病死したため、その後は母と静かに暮らしたがその母も病死。
その為、ジュンは人間の父さえ生きておれば人間の心情くらいは理解できた、と思っている。
そして人間の父はもはや死んでいる為、ある程度の人間の心情しか分からなかった。
だが———………
「もう良い、寝てなよ。身体に悪いよ」
「そ……うだねっ!」
何故か優子に対し、かつて母が自分に注いだ〝優しさ〟の感情を覚えた。
涙で顔をグチャグチャに歪ませても、その明るい笑みを浮かべながら、布団に静かに眠った。
安らかな寝息を立てて。
その様子を見てかまどの置ける場所に、食材を置いた。
上がり框に腰掛け、一人静かに考え事をしていた。
もう少し詳しく調べる必要があることは明白だった。
人間とは何たるか、もしも、母が生きてたなら、なんと答えただろう。
急に母を恋しくなったジュン。
いくら人間と外見は除けば、圧倒的に歳を取っても、子供のころ、死んだ母が恋しいのだ。
「…………母さん、父さん」
この世に居もしない両親の名をぽつり、と呟いて静寂な空間でその言葉は……消えた。
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