複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝 ( No.102 )
日時: 2011/08/08 16:51
名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)

  #05 ( 天敵 )


薄く白い和紙の障子の向こうを隔てて、何かの荒い息遣いが聞こえる。偶然その廊下を通りかかった巫女は顔をしかめた。

「…………もう、全く誰なのよ?」

ここは地元の人間以外は滅多に他の地域の人が来ない、寂れた神社。時々ふざけた若者が境内や中に入り、悪さをすることもあった。
どうせ、その類の者だろう—— と思ったが息遣いからして大雨の日だ、誰か倒れている。
何故この神社の中に入っているのか、知らない。それより今は倒れている人物を助けなければ。
巫女は大慌てで、その障子を開けた。……中にいたのは、少年だった。
その少年は左目を前髪で隠し、髪を白い紐で束ねて、長さは肩ぐらい。
恰好も奇妙だった。藍色の小紋柄の着物に黒色の袴、靴は漆黒の下駄。
見事なまで和風の雰囲気を持っていた。
体は小柄で背を縮こまらせ、更に小さく見えた。肌は色白くしかし、顔は赤かった。

「…………うぅ…………」
「僕、僕。大丈夫っ!」

巫女が少年に近づく———

「おやめなさい。その子は妖魔ですよ」
「あ、神主様っ!」

神主、と呼ばれた男が障子の入り口に立っていた。

「今は風邪で弱まっていますが、治れば危険です、お離れなさい」
「……しかし、神主様が」
「大丈夫。古い知り合いの陰陽師が居ます、さあ、お行きなさい」

まるで子供のような感じの悪戯っぽく笑った白髪頭の銀縁眼鏡をかけた、——— まだ初老の男。
若ければ、端正な顔立ちだと思うような顔。上品な笑みを浮かべた。巫女は言われたとおり、出て行った。
さて、と神主は呟くと、部屋に入り自分に妖魔と呼ばれた少年の方を見下ろす。

「何でまたこんな神聖な神社に来たんだ。余計に具合が悪くなるだけだぞ?うん、………事情ありなのか。仕方ない、この神社や周囲の人間に害を成さないならば、私がお前を助けてやろうじゃあないか。ただし?—— 陰陽師の」

男が言いかけたところに別の男の声が遮った。神主の名を〝大石〟という名らしい。
庸明ようめいと呼ばれた黒の紋付と袴を着た和服のこれはまた初老の男が入ってくる。

「ふうむ、妖の子は—— 笑般若だな、希少な種族。風邪が治ったならば、しばらく借りるぞ。雪宮ゆきみや家の巻物に新たな研究課題として書かれていた妖だ」
「まだ、合意されてないよ」

ふと、少年のほうを見遣る。意識はないようだ。

「やれやれ、ひとまずは私の部屋で寝かせておこう、運んでくれ」
「自分でやれ」
「私は忙しいんだ、お前は暇だろう?」
「……………ああ」
「じゃあ、話は決まりだな」

手をひらひらと振って、神主は部屋を出て行ってしまった。
陰陽師、庸明は深い溜息を零す。
ぼやけた意識の中、少年は天敵に捕まってしまった、と思い返した。










.