複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝 ( No.11 )
日時: 2011/07/18 10:55
名前: 玲 ◆EzIo9fEVOE (ID: ICvI0sBK)

  #05 ( 別れ )

久しぶりに体調が快復した優子は、突然『あたしね、外に出たい』と、言い出した。
死んだことになっている優子が外に出れば想像できる。
絶対に大騒ぎになり、優子は最悪父親の手で殺害されかねない。
それでも、と強請ねだる優子。
困惑するジュンを他所に村の思い出をいろいろ、独り言で呟く。

何処か冷めた客観的に見れないジュンは深い溜息を零す。
そうと知らず優子は恍惚こうこつな表情を浮かべて思い出話に心身、浸っていた。
長い事、外に出てないのだろう。
脳裏に思いついた案を優子に話した。


「それなら、夜に出よう。そうすれば幽霊に間違われてばれる心配も無い」
「幽霊、ねぇ……」


大変失礼極まりない言葉であったが、優子は外に出られる嬉しさゆえ、大して気にせず喜んだ。
無邪気に笑う顔は母の笑顔を連想させた。
思わぬ過去を思い出したので驚いたジュンは首を横に振った。


「……もう、お泊り三日目だね」


何気なく呟いた優子。それに気付くジュン。


「そうだね。………もうそろそろ、お別れかな」
「………そんな、寂しいよ」


悲しげな眼差しを向け、下を俯いた優子はギュッと掛け布団を握った。
長い間、誰にも話し相手がなく暇潰しといえば母親が時々持ってくる折り紙くらいだけだった。
いろんな種類の折り紙を作っては庭と呼べる、小さな庭の土の下に埋める。
埋める。埋め続けた。理由はもしも、この小屋に父親が来た場合に備えて。


「また、来てくれる?」
「うん」


それは決して守られることもない約束。


「今度はジュンくんのお母さんたちを連れて来なよ———」


こんなに一緒にすごしてるのに一晩も両親のことを話題にするどころか、逆に心配しないのか。
それを全く気にしない、男の子。
名前だけ告げ、身の回りの話はしない不思議な男の子。
謎に満ちた雰囲気の男の子。
冷たいように見えるけど本当は優しい。
そんなジュンに優子はいつの間にか惹かれていた。


だからこそ。



(君とはもう逢うことはないよ、これからも僕の思い出と母親の愛情の干物と共にお大事に)



今晩の内、静かに出て行こう。
そう決心したジュンはいつになく豪勢な山菜料理と民家から頂いた食料を使い料理を作った。
また長く日持ちする料理も作り、優子にひとつひとつ、丁寧に説明する。
何日分に分けて白い布を被せ、食事の時間以外は食べないよう注意した。
そして三時のおやつも作った。



         ○



夕闇の刻になった。

優子は最後かも知れないジュンとの会話をひとつひとつ、大切に楽しんで小屋に静養されてから初めて外に出た。
松林のくねくねと曲がる松にクスクス、可笑しげに笑う。
ジュンに手をひかれ、浜辺まで二人。
仲良く浜辺に通じる小道を歩いた。
浜辺に着いた途端、優子の歓喜溢れる声が浜辺中に響いた。



「わああっ……! 懐かしいわ……お母様たちと良く遊んできたわ、あの松林でお母様たちと一緒にかくれんぼしていたのよ。そうしたらね、突然の如く迷子になっちゃったんだあ。泣いてるあたしに声に気付いたお父様が……そっと、抱き上げてくれた、のよ」



涙ぐむ声。思い出す優しげな父の姿。
今や遠い過去の小さな思い出だ。
あのころの父は何処いずこへ消え失せた。
もう、あのころの父には、戻らない。
戻ることはない。嗚呼、無情。
もうすぐ、別れの時間になるジュンのほうを振り向いた。
ジュンも優子に視線を合わせる。



「今までありがとう。本当にありがとう。また逢えると良いね、きっときっと、逢えるよね?」
「………うん」
「もしも、逢えるのならば、また逢えると良いなあ」



——— 嗚呼、そうか。と今更ながら気付いた。

とっくに優子は見通していたのだ。
自分がもうすぐ別れることになること。
そしてもう二度と逢うことはないことを。
大体こんな夜遅くしかも出会ったころは真夜中。
そして独りだったのだ。
普通なら妖怪や化け物だとすぐさま勘づき、恐れるのに。
——— 優子は違った。
優子はもう自分が死んだら、助かる立場にいる。
とっくに気付いているのだろう。

夜空を存分に楽しんだあと、ジュンと優子は静かに茅葺小屋に戻った。
小屋のなかに入ることはせず障子をただ……閉めた。
ピシャン。と音を立ててそれきり、中の音は一切しなかった。

三日間世話になった小屋と松林を後にしたジュン。
最後にこの地を離れるまえに父親をどうにかすることだ。
せめて父親にばれないように細工しよう。
ジュンは宮本家をめざし、村の道を進む。
途中で暗い夜道に、人影を見かけた、嗚呼。あれは———優子の母親。

優子の食料である干物を届けにいく途中か。
とっさに木々に身を隠す。
良く見れば隣に男の声が。
そして優子の母親の手には抱えられているはずの干物の入った包みがない。


(ばれた……んだなっ!)


別れを告げたはずなのに。
身体が、足が勝手に動いていた。
二人の後を追いあの浜辺、あの松林を潜り抜け入った場所は。
あの子がいる茅葺小屋。
ドクンッと心臓が嫌な感じに高鳴った。
小屋に近づき、あの親子の会話に。
そっと気付かれないよう、耳を傾ける————。



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