複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝 ( No.12 )
- 日時: 2011/07/18 11:01
- 名前: 玲 ◆EzIo9fEVOE (ID: ICvI0sBK)
#06 ( 欲望 )
「そんなに俺に言う事が聞けないのか? 優子にそれに、母さんもだ」
ジロリと睨みを利かせた言葉を発し二人を睨んだ。
母親は着物の裾を握り締め、ガタガタ震えていた。
優子は別れた時とは違う、生気が全く感じられない、ボンヤリ、とした目だった。顔も呆然としている。
裸胸に晒を一枚巻き、着物を羽織り、少々時代錯誤なこしらえかた。
威厳と貫禄漂わせる風貌な大柄の男。
あぐらをかいて、いかにも偉そうな男だった。
「優子、姉さんは明後日、結納する」
不機嫌のなかに結納という言葉だけ、どこか上機嫌のように聞こえた。
優子の父親は腕を着物の袖にいれ組んだ。
そしてキリリと目を吊り上げる。——— 恐ろしい大の男の雰囲気。
「お前の所為で姉さんはあいつら……町の町長の出来損ない息子に嫁がせるため、血反吐を吐く思いで姉さんに、しいて言えば、この村のために厳しい稽古や嫁入り修行やら、いろんな教育を受けさせてきたんだっ! なのに。障害児であるお前を見て出来損ない親子どもが婚約を破棄すると聞いた時にはどんなに危なかったか、たださえ、この村は漁でしか生計を立てられん。町と手を結べば、万が一のとき、生存できる。だから、お前さえ死ねば……死んだことにしたら、すぐあの出来損ない共は復縁を持ちかけてきた。なのに………!」
優子の母親を睨んだ。
ひっ、と母親は声にならない叫び声を上げた。
父親はすぐ優子のほうに顔を向けてその両腕を優子の両肩につかむ。
ギリギリ…と強くつかんだため、優子の肩が痛んだ。
痛がる優子を他所にその男は、叫んだ。
「………頼むから死んでくれっ!!」
両腕をひ弱な少女の身体から離した男は荒い息を鼻から吐き出す。
実の父親に言われた決して言われて欲しくなかった言葉に、優子の澄んだ黒目はみるみる、涙が溜まった。
母親も何も出来ず、ただその場にいる己が憎たらしくそして優子が哀れ救えぬことに、涙を頬に零す。
その様子を見る障子のすぐ傍に盗み聞きするジュンは顔色が変わることはなかった。
………ただ、明らかに冷然な眼差しがそこに、あった。
父親は小屋の出口である土間のほうにその欲にまみれた目を向けた。
僅かな煮炊きの跡。
そしてジュンが作った日持ちする食料や、おやつ。
父親は更に障子の僅かにずれたとこにも目を向ける。
「そこに居るんだろ、優子の世話をした奴め」
父親の言葉に、ゴトンと障子を開ける音がする。
なかに入ってきたジュンに父親と母親は言葉を失った。
藍色の小紋柄の着物、黒色の袴に、漆黒の下駄。
左目は美しい黒髪に隠され白い紐が丁重に髪を束ねてた。
そして最大の魅力は紅色の右目。
肌は色白く雪が劣るくらいの白さ。
その眼差しは——— 酷く冷えていた。
「ああ、——— そうだ」
その声は何の温もりもなくただ冷えた感情のない声だった。
「————ジュン、くん………逃げてっ!」
よろめきながら立ち上がった優子に父親はあろうことか——蹴飛ばす。
冷たいボロボロになった畳に叩きつけられた優子に脇にいた母親は、悲痛な声をあげ、傍に寄るものの……父親のひと睨みに母親は娘に『ゴメンね』と涙ぐむ声で男の脇に戻った。
娘はただ、ひたすらにジュンのほうに顔を、視線を向ける。
大柄な男を見ても屈することがないジュンに男は『大した坊主だな』と鼻で笑った。
———が、内心は感心した。
ジュンは顔色ひとつ変えず、優子のまえでは見せなかった、冷然な雰囲気と声を男に見せた。
———— 馬鹿な人間だ、とジュンは鼻で笑う。
そんな素振りを見せたジュンに父親は心底から苛立っていた。
一族の名誉と繁栄を約束された婚約なのに。
あろうことか、娘は障害児のため、破棄されかかり、ようやく闇に葬った……はずなのに生きており。
しかも、母親と、何処ぞの素性の知らぬ馬の骨が、世話していたとは。
自身の自尊心が怒りの炎を燃え上がらせる。
太く荒々しく鼻から息を吐いた。
まるで雌馬に発情して興奮する雄馬だな、と皮肉くたっぷりに、ジュンは嘲笑う。
挑発行為をくりかえすジュンに目を狐のように、あるいは鬼の如く吊り上げる男———。
「き………貴様ああああっ!! ワシを舐めてるのか!? えぇ! なにか、答えろ———ッ!」
遂に我慢しきれなくなった男の怒鳴り声が小屋中に響き渡った。
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