複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝 ( No.13 )
- 日時: 2011/07/18 11:07
- 名前: 玲 ◆EzIo9fEVOE (ID: ICvI0sBK)
#07 ( 醜態 )
澄ました表情。少年はその表情を壊すことはなかった。
ただ——娘が、憐れで仕方なかった。
初めて自分が『異性』に興味持った相手だからだ。
いつになくジュンの冷めた眼差しは変わらず、それどころか、増す勢いだった。
男はそれさえも知らず、ただ怒り狂うばかり。
「……何処の馬の骨かは、ワシは知らん。だがな」
低く唸る声。警戒を示す唸り声をあげる犬だな、とジュンは内心思う。
男は静かにポツリと言った………その瞬間。
ジュンの身体が宙に浮いた。
父親の太い右腕が空振りするのが見えた。
ジュンを投げ飛ばしたのだ。
貧弱な体だと見くびったのだろう。
しかし、ジュンは猫のように軽々しく宙返りし。
土間にストン、と着地した。
驚く三人を他所に、ジュンは男につかまれた服の皺を直す。
パンパン、と手で服の埃を払いのけた。
そしてまた、あの眼差しが男の方に注がれる。
男は驚きと動揺で、唖然とする。
ジュンは薄く淡い赤色の唇からとても似合わぬ冷たい声を、出す。
「アンタはどうしようもない、馬鹿だな」
「———なッ!」
「奥さんは十分同情出来る、もちろん娘さんは当たり前だ。——けど」
ジュンの視線が男の顔から、着物の懐あたりに向かれる。
「どうせ、金を貰ったんだろ? ……その町長の息子さんにでも、ばれて恥になるまえに殺せと言われたんだろうね、だいたい予想が出来るよ、あんたみたいな人間は山ほど、見てきたからね」
とっさに懐のあたりに手を当てるが、時は遅し。
パラパラ、と数枚の札が、男のまわりに落ちる。
拾ってみれば、それは大金だった。
全部あわせれば生活に困らないくらいの金。
動揺する男の眼差しを向けるジュンは、ふと男の後ろに寝転がる優子に初めて暖かく優しげな笑みを浮かべた。
優子はジュンの微笑みに、酷く恍惚した。
今まで見ることがなかった微笑み。
それが今、重たい空気を更に重くさせる拍車でもあった。
父親は酷く酷く顔を歪ませる。
顔は真っ赤になり、まるで茹でたタコのようだった。
激怒する優子の父親が、滑稽な安物の落ちがついた落語を聞いている、見ている感じだ。
もう得体の知れぬ少年に敗北したのを悟ったか。
男は黙って母親を無理やり引き連れ、小屋を出た。
障子を閉める直後。
ジュンの白い手が遮った。
そして障子の半分覗かせた顔が、酷く不気味だった。
とても端正な顔立ちなのに。
「———— 気をつけたほうが、良い」
「なッ………なんだとッ!?」
男の言葉に対し、少年は言った。
「今生きていることが、生きてるとは、限らない」
「何をわけを分からんことを言っとるんだあっ!! 馬鹿にしてるのか!?」
「それだけ、だよ………」
音も立つ事なく障子は静かに閉まった。
少年の奇怪な言葉と不気味さにすっかり震えた男は。
障子の向こうにいる何の罪もない娘を会いたさで必死に入ろうとする妻を。
無理やり押さえつけながら、茅葺小屋をあとにした。
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