複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝 ( No.15 )
日時: 2011/07/18 11:24
名前: 玲 ◆EzIo9fEVOE (ID: ICvI0sBK)

  #09 ( 断罪 )


激しい雷雨になった。

松林を先程から歩いている二つの人影。
それは明らかに忙しなく動き、何かに怯えた様子。
歩む足は速く、もはや足場の悪いこの場で、走ってるのだ。
大変動きにくい着物で。
二つの人影は走る、走る。
だが、決して松林の中から出ることはなかった。

女がつまずいた。
男は慌ててその女を抱きかかえて起こす。
女の白く細い手を強く握ったまま、また走り出した。
もうすぐ着くはずの出口は見えず、着かず。
男は女の腕をつかんだまま走りだす、走る。

一向に出口は着かない。見えなかった。


「クソッ……どうなってるんだッ!」
「それは、地獄に堕ちる意味だよ」


ゾクッと背筋が凍る声。
恐る恐る後ろを振り返れば、視界が捉えたのは先程というか数分前に己と対立していた、得体の知らぬ不気味な男子。
対立していたときとまた違った、冷たい眼差しがそこにあった。

女を守ろうと無意識に自身を楯にする男に、ククッと喉を鳴らし笑う。
男は『何じゃあ』と苛立ちつつ、冷静を装って少年に向かって言えば。少年はゆっくりと男の視線に合わした。
端正な顔立ちが、逆に不気味さを演出してる、と男は思った、その瞬間。


「あんたの守ろうとしている人は、女房じゃあない。……誰もいないよ?」
「そんな……馬鹿ッ!?」


今まで脇にいた気弱な妻の姿は何処にもなく松林に男と少年のみだけ。
妻の腕をつかんでいたはずが、つかんだ振りだけをしていた。
どういうことだ、と呟く男を見て少年は愉快そうに。



「あんたはもう松林から出口を出ようとした瞬間、終わりなんだよ…。まあ、あんたの奥さんは罪はあると言えばあるけど赦されてるからね、なーんの被害も遭ってない。逆にあんたに被害に遭った、というほうが正しいかな? どうだ、気に入っただろ。ろくでなしのお前にもったいないくらい、ピッタリの場所だ」



舐めきった態度を表す少年に、本格的な苛立ちを覚えた、大柄の大男。
剣道や空手を習った男に敵う人間は今までこの村には一人も居らず、それゆえに皆に頼られた村の村長。
威勢の良い男気溢れる男が道を誤り、今は外道の頭領だね、と少年は皮肉タップリに言った。

少年の舐めた態度に、男は『痛い目に遭うぞ、謝れ。このクソガキめが、小僧』と品の無い言葉で脅す。
それでも少年はククッと嘲笑うのを止めない。
苛立った男は本格的に、少年に暴力を働こうと襲い掛かった寸前。


大きな影がさしかかった。
何の影だか分からないうちにふと体が軽くなる。
良く見れば男は浮いていた。そして影の正体は—— 馬の顔をした、体は人間で大きさは人間の数十倍にもある大きさだった。
突然のことに男は言葉を失う。
大きくぎょろりとした目は小さく縮んでいた。
以前の威勢は何処にも、無い。

少年は今度は笑うことなく無表情でその男を見つめる。
『助けてくれ』と今度は態度を一変させて自分に助けを求める声。
呆れた少年は深い溜息を零した後、その薄い唇から似合わぬ酷く冷め切った声で、言い放った。


「自業自得だ」
「い……いやだああああっ! たっ、助けてくれ!! ここは松林のはずだぞ!?」
「松林? ……松林なんか、何処にもないよ」


ジュンの言葉に男は辺りを見回せば松林どころか殺風景が広がってた。
だが、ところどころ、子供特有の甲高い泣き声と野太い何か怒鳴る声。
全て男を恐怖させた。
そして今度は野太かったり弱々しかったり、異常と思えて遂には断末魔の叫び声が聞こえた。
良く見れば光景は地獄、だった。
燃え盛る炎、馬の頭をした化け物が痩せ細った弱々しい人間を性別関係なく襲う、苦しめる、拷問する。
どれも、狂気的な雰囲気と本格的な恐怖が男の精神を支配した。

男は自身の目で入る視界を嘘だと言い続けた。
男をつまむ少年に馬頭めず、と呼ばれた地獄に住まう獄卒鬼ごくそつきは男を、冷たく血生臭い地面にたたきつけた。
全身の骨が砕け、ゴボッと男は血反吐を吐く。
身動きできぬ男の視界が捉えた少年が目の前に現われる。




「ここ、何処だか分かる?」
「………何処、なんだ……」
「地獄だよ」
「………じ、ごく?」


男の眼が大きく見開いた。


「そう、お前が犯した罪を償う所だよ」


頭が白紙になる寸前に、ふと、男は自身の体が異常に熱いことに気付いた。
かろうじて少し動かせる手を見れば、それは紅く力強く勢いのまま、燃えている。
——— 炎に包まれた己の手が、そこにあった。



「ぎゃああああああああああああああああああっ!!」


自分の手が激しく燃えてゆき、……灰となり散る。
それらの繰り返しで男の体がやがて、灰と化したが、
すぐに再生され、元の体に戻った。
そしてまたもや燃え散る。………それらを繰り返す。

男の断末魔と共に少年の体は霧に包まれていった。
馬頭は悲鳴をあげる男を底深い奈落へ突き落とした。
そして少年のいた場所は、もはや男の断末魔や他の亡者の断末魔などが、聞こえる地獄でなく。
静寂に包まれ。曙光しょこうが差し込んだ、松林だった。




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