複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝 ( No.16 )
- 日時: 2011/07/18 11:37
- 名前: 玲 ◆EzIo9fEVOE (ID: ICvI0sBK)
#10 ( 余罪 )
白く蝶柄が入った高級そうな着物にお団子形のシニヨン。
煌びやかな山吹色の花の形をした簪が、女の美しさを更に際立たしていた。
美しすぎる美貌を放ち、蝶の如く優雅な足取りで浜辺を歩いていた。
その女が、冷たく突き刺さる視線で後ろを振り返ったら、目の前に思春期前半と思しき少年が独り、そこに居た。
女はその少年を見るや否や、はあ、という溜息を魅惑の唇から零す。
女の呆れた表情とは裏腹に一方の少年は頑なに、無表情のまま。
腕を組み、見下す態度の少年。
女はそんな少年が気に食わない。
浜辺から来る波の音だけ、その冷たい空気の現場で唯一聞こえてくるのだった。
女は好い加減にしなさいよ、とウンザリした口調で言った瞬間。
女の脇腹に、激痛が走る。………白い着物が鮮やかな紅色に、変わった。
「—————ッ!?」
女の震える手が、赤く染まった己の手が見えた。
「腹を蹴られたお礼だよ」
「——————ああ……がっ………ぐはっ…………」
脇腹を抱えて悶える女。
白くしなやかな少年の手先が赤く染まっているのが、見えた。
浜辺の白い砂が一瞬で女の紅い血の海へと変わる。
観光名所でもある浜辺が可哀相だな、とジュンは思ったが、気にせず、呻き続ける死神の女に、微笑んだ。
女は吊り上がり鋭く狐のような目付きになった。
美しい顔が台無しになろうとも構わず、己の血と同じように紅い、魅惑的な口紅から、零す。
それは女の容姿とは似合わぬ、呪いじみた言葉を紡ぎ出した。
「————ふうん、やる……じゃない、の」
「……………」
「あたしは———ただ、仕事をしただけよ?」
「……………………」
「逆恨みも、好い加減に、………しな」
「………言いたいことは、それだけか?」
低いくぐもった思春期の少年の声とは思えぬ声が、女の言葉を遮った。
女は苦痛にその美しい顔を歪ませつつも、頭の中に疑問を浮かべた瞬間———— 女の目の前で仁王立ちするジュンは冷淡な眼差しに向けて。
「あのとき、ロウソクの火は僅かに燃えていたんだ」
「………………………なッ?」
怒りを隠す声が更なる復讐心を燃え上がらせた。
涙ぐむ女の声が言った。
『あたしは悪くないわ』とか『それが仕事だもの、仕方ないでしょ』と言い訳がましい言葉ばかり。
自身の失態を背ける女。
少女に詫びるどころか開き直る始末だ。
死神の女の厚かましい態度にジュンの苛立ちが、頂点を極めた。
もう慈悲も憐れみを向ける必要も無い。
女の胸ぐらをつかむ。グシャッとその美しい着物は、歪んだ。
そのまま持ち上げる。
信じられないほどの力強さで軽々と女であろうが、外見は『大人』である死神の女を持ち上げたジュン。
ぐああああ………、と女は呻いた。
だらだらと血がジュンの腕から伝い落ちる。
その女の血は決してジュンの体や、服を汚すことはなかった。
それどころか、儚げに露となり消え散っていく。
「———————— 助け…………てぇ…………」
「お前の罪を償え」
その言葉を発した瞬間、死神の体が空中と同化になり消え去った。
その霧状の〝物体〟は空に舞い上がることなく逆に地下へと散っていく。
死神の失態にようやくあの世の閻魔大王たち、冥界の者たちが気付いたのだろう。
死神の魂は通常また人間と同じように転生し、ほとんどが人間になる者が普通だ。———— だが、あの女は違う。
いくら間違いであろうとも、それを認めず、謝罪せず。もう同情の余地はない。余罪なのだ。
そう余罪。
「お前は今頃、後悔しているのかな」
とだけ皮肉に呟き、ジュンは浜辺から、背を向けて歩き始めた。
ジュンはその漁村、数少ない観光になる美しい白い浜辺から、美しいその姿を人目に表すことは二度と無かったという。
○
後に風の噂によると浜辺のあの漁村は公害の所為で差別や偏見に遭い。
村人たちは、その汚染された村を捨て全国に散った。
そして村は今や廃村になり。
そしてあの松林の小屋から、ある少女の遺体が見つかったという。
死後一年。……のはずなのに生前の姿を取りとめ続けたということで、未だに多くの謎と生前の姿のままの謎はいつしか世間が忘れ去られて、語り継がれることなく静まりかえった。
その少女の一族のその後は、誰も知らない。
完結