複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝 ( No.20 )
- 日時: 2011/07/18 11:44
- 名前: 玲 ◆EzIo9fEVOE (ID: ICvI0sBK)
#01 ( 風の晩 )
風が酷く荒れ狂う夕方だった。
自慢で乱れ無しのストレートの髪が風に揺れる。
腰まであり今時の若い娘には珍しい黒髪の少女は視線を携帯に向け、ろくに前すら、見ることはなかった。
携帯だけ向き合い、一本道を歩いていた。
今夜は大雨になりそうだ、思ったのか、少女は少し早足になった。
鈍い音。一瞬で衝撃が全身に走った。
よろよろ、転びそうになりつつも、体勢を直し、初めて少女は前を見上げる。
目の前に年下と思われる少年がいた。
古めかしい感じ。何処か違った。
何処が違うのか、少女は少年の服装が可笑しいのだと、すぐ気付いた。
そして雨が振ってないのに、和傘と呼ばれる鮮やかな赤色の紙で出来た傘を差している。
最近のビニール傘やプラスチックがひとつも無い傘。
「………君、周囲を注意しな」
低くて冷たい声。
ゾッと背筋が凍る怪談話をする際の口調みたいな声。
少年に注意されたことにハッと気付く。
自分は携帯を見ててろくに前を見ていなかったと、若い世代に珍しい〝自覚〟する性格のようだ。
大抵ほとんど逆ギレする輩が多い。
だからこそ——少年は感心した表情で少女を見た。
「あ……ゴメンね、大丈夫?」
再び少年のほうを見たとき、目の前に誰もいなかった。
殺風景な小道。風が先程から酷く吹き荒れている。
少女は何なの、と震えた声で言い、少女は全力疾走、その場から走り去った。
○
不敵で挑発的な笑み。
自分より優れた容姿。自分より優れた成績、自分より社会的で大人数の友人たち。
自分より慕われ信頼され先輩に可愛がられる後輩のあの子。
自分は平凡な容姿。あまり良くない成績、少ない友人の数。先輩に何をしても普通にしか接しられない。
未だに〝さん付け〟であの子はあだ名まであるのに。
—— 何処が如何、あの子と違うのよ
私は頑張ってるのに、と少女は苛立ちながら言い放った。誰もいない部屋。
自分だけの専用の部屋はもうすぐ家を出る姉と共同の部屋から自分だけのものになる。
だが、決して部屋に毎日行くことはないだろう。
母と過ごす家族との団欒の部屋に、ほとんど毎日いるだろうから。
風で窓が揺れている。
がたがた、煩い。勉強机の上には勉強道具が広がっていた。
やりかけの数学、問題用紙にかかれた自分の考えの問題は、ほとんど間違いだらけ。
解答欄の答え、自分には難しい難問ばかりと思える問題。
基本だと言われ受験に備えるため、勉強をし続ける。
運動部の部活があり、疲れてるのに。
何をしてもダメ。あの子は何をしても優秀。
血の滲む努力ばかりしても決してあの子には敵わない。
あの子の通う塾より、遥に優秀な塾に通えど部活の練習をいくら努力しても、一向に成績は上がらない。
上手くならない。
—— 窓が、がたがた。動く
携帯が鳴った。開けば相手は隣人で幼馴染の鈴木圭太、とだけ乗った。
名前が携帯の画面に映る。
自分が密かに思いを寄せている圭太の初恋相手はあの子。
圭太は部活の先輩たちと同じあだ名をあの子に言うけど、自分の昔のあだ名を呼ばず、ただ〝春山〟だけ。
何処が違うの。と涙ぐんだ声で言った。
自分より優れたあの子。
全て手に入れて全て順風満帆な人生を送るあの子。
自分に距離を置いて接し、別の仲良くなった子には優しく。自分には冷めた態度。
時に馬鹿にして先輩たちから『ドS』とか騒がれて可愛がられ。———— 自分は違う。
幼馴染の圭太が送ったメールの内容は、あの子とデートするから、どんな場所が良いかの相談だった。
目の前が真っ暗になった気がした。
目眩を覚えた気がして。頬に一粒、涙が零れ落ちた。
———— 猛突風の晩。窓が激しくがたがた、揺れていた。
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