複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝 ( No.25 )
日時: 2011/07/18 12:15
名前: 玲 ◆EzIo9fEVOE (ID: ICvI0sBK)

  #04 ( 忘れた記憶 )

くすり、と実花は薄笑いした。そしてベットと呼ばれた鉄の塊に座る、その顔は愉快そうで明らかにふざけてる態度だ。
ゆらゆら、と次第に揺られていた、幽かな白い影は実花の存在を徐々に現わしてきた。
パチリとした大きな眼は、何も—— 光を放ってなどいなかった。
ジュンはやけに冷めた思いで実花を見る。


「あたしね、あんなに努力したのに友達だった………というのかなあ、とにかくその友達がとても何でもできる器用な子だったんだよ、あたしも悔しくていろいろと頑張ったんだよ。あの子より優秀な塾に通ったりあの子が先輩たちに可愛がられ部活も上手になったから、あたしも努力した。血が滲む思いでしたのに……ダメだったのよ」


禍々しいどす黒く嫌な陰のようなものが、彼女から溢れ出てきた。
実花の白く美しい気は段々と黒く染まる。
家全体か、部屋全体に黒い影が、そう、あれは毒だ。
精神を狂わせる狂気の毒。
心に、毒を溜め続けた。
それはもう浄化不可能になるくらい、恐ろしい毒が実花の精神を次第に狂わせ支配し続けた。


「…………どんなに努力をし続けても、成績は上がらない。先輩は未だにあたしのことを〝さん付け〟でそれにあの子が、………あたしを馬鹿にしてきたのよ。何も理由もないのに、足を蹴ったり、タオルでたたいたり。口を開けば、馬鹿、馬鹿。それにテストの最悪な点数も言いふらすし………あたしはいつも、何をしてもダメだった。どんなに努力してもダメだったの、あたしは努力したのにっ」


表情が変わった。
顔までも、既に毒に犯され続けてしまったのか、顔は元の愛らしい顔立ちが一変。
とても禍々しく魅惑的だが、嫉妬に狂う女の顔だった。
もはや、純粋な少女とは言えない顔だ。
実花はもう、子供という輪を抜け出した存在を見せた。

怒りに魂全体が震える、そしてまた、くすり。と笑った。
それは極めて恐ろしい勘違いと狂気に満ちたりた笑みだ。
ジュンは冷めた眼差しで、腕を組み、実花を見下ろす。
なによ、と実花が言う前にジュンは手首を指差した。



「だから、自殺したの?」
「——————ッ!」



ジュンに指摘された実花はわなわな、震える。
魂全体がまたぶれ始め、思い出したくもない過去でも思い出したのだろう。
眼一杯開いた目が、みるみる、内に涙が溜まった。
形相は激しく過激的で鬼女めいている。
ジュンの呆れた視線が、突き刺さった。

その視線に怯んだ、実花も負けじと睨み返すが、ジュンはそれを怖いなどとは、微塵も感じなかった。
実花の形相が更に酷くなる。
元の顔に戻れなくなる、と思うくらいに。


「あんたは確かに努力してたんだろう、僕には分らないけど、努力したことは周囲も知ってて認めていたんだろう。だけど、あんたの言うあの子は、安藤夕菜ちゃんだろ? あの子に勝てない、いくら頑張ろうとも勝てない。と嘆くのも、まあ、ライバルなら分からなくもない。……だけど。いくら、思いを寄せていた幼馴染が実は夕菜ちゃんと両想いだったと、そしてあんたが好きだったのに。それさえも夕菜ちゃんに負けるからといって…………殺すことはないでしょ?」


きゃあああ、と実花は叫んだ。わなわな、先程から震えが止まらない。
顔を両手に覆い首を左右に激しく振った。
綺麗な黒髪は哀れに乱れて、ボサボサになった。
それでも、構わず実花は叫びながら髪を掻き毟る。
涙が止め処なく零れおちる。
それは決して地面を濡らすことはなかった。

ジュンは実花を憐れに思う。
叫び続けながら、髪を掻き毟る実花は。
精神を狂わせる毒気を含ませた影を部屋中へと広がらせた。
実花の魂の周りも、それに合わせて黒くなる。
ジュンの胸ぐらを、実花の鋭い尖った爪で食い込みながら、つかんだ。



「だけど、あたしは悪くない! 全部悪いのは夕菜よっ……夕菜さえ、夕菜があたしを馬鹿にしなければ、他の子ばかりに喋ったりするから、あたしより容姿が優れていたことも、……悔しかったのよッ!!」



実花の言葉に、溜息を零した。
実花の顔に虚が生まれた、と同時に。


「あんたはイギリス人とのクォーターだろ? だったら純日本人の夕菜ちゃんよりも確実にイギリス人の血をひいたあんたのほうが、こういうのもなんだけど、容姿が優れてるよ。それに成績もあんたのほうが実は、順位が上だったりするし、第一先輩たちの評判もずっと良かったんだ。なのに、あんたは………」


驚愕が走った顔の実花をジュンは顎を上げる。
その眼はとても冷めきった眼差しだった。
実花の顔はみるみる、青ざめてその魂は震え始める。
ようやく思い出したのか、自分の犯した罪を。



「あんたは勝手に勘違いして勝手に自分を被害者だと妄想し続けてた。最初に風が酷い夕方の時から、あんたは死んでいた。詳しく調べれば、あんたの起こした事件はもう2年前の話なんだよ。……良く見てみなよ。あんたのいる家は、もう空き家だ。誰もいないよ?」



見回せば実花の部屋はなにもなかった。ただ空っぽ。
あるといえば埃と割れたガラスの破片のみ。
それに部屋の中は酷く荒らされ人殺し、と書かれた紙が、部屋のあちこちに張られていた。
明らかに他人が書いた文字。
混乱する実花。ジュンはそっと、ささやく。



「あんたの所為で夕菜ちゃんと幼馴染の鈴木圭太くんは13歳という短い生涯を終えた。そして遺族は加害者家族であるあんたの両親から億単位の賠償金というのかな、それを支払うはめになった。生涯どんなに働こうが、決して返せない額をね。それにあんたの起こした事件の所為で、両親は世間から犯罪者の親として差別を受けてるよ、お父さんの働いてた会社は当然クビ。近所からは冷たく白い目で見られていたよ」



実花は絶句した。体はもう震えてはいなかったが、代わりに硬直した。
そんな実花を先程から顔色ひとつ、変えないジュンが初めて眉間に皺を数本寄せた。
それは………更に彼の冷淡さを拍車かけていた。





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