複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝 ( No.30 )
- 日時: 2011/07/18 12:20
- 名前: 玲 ◆EzIo9fEVOE (ID: ICvI0sBK)
#05 ( 真実 )
ゆらゆら、ゆらり。黒い影が部屋中から——— 湧き出てきた。
どれも、どす黒く鼻にツンとつく悪臭みたいなのに良く似た異臭も立ちこめる。
ジュンはつっと目を細めた。
それは冷淡な眼差しでなく憐みを込めた。
とても、悲しげでそれでも、呆れたような視線。
ざわざわざわ、大勢の人間が小声でお互いに何かを話し合う、ざわめきの声のような音が部屋のあちこちから聞こえてくる。
それら全て実花の毒が含んだ影だった。
実花はくすくす、笑った。
まるで可笑しげな光景でも見たかのように。
ジュンの憐れんだ視線はまだ、実花のほうに遣っていた。
段々と実花はジュンの視線に苛立ってきたらしく鋭く尖った視線を遣った。
ざわざわ、と毒気の影も同時に活発に動いてきた。
「君はそうして妄想に囚われて本当は死んでることに気付きながらも、永遠に終わらない大根役者の演技で演じ続けたんだろうけどね………。それも、もう終わりだ。あんたは人間じゃあないね」
軽蔑しきった声と人間じゃないと言われた実花は眼つきを吊り上げ。
「あたしは……人間よっ!!」
「あんたはもう、今頃は全て罪を赦され転生できる機会を失ったんだ、もうね、あんたは人間だけど人間じゃないあんたに同情すらないから。そんなあんたの行く先は本当は自分でも分かってるんじゃないかい?」
「———— 知らないっ!」
甲高い悲痛と混じった声。
必死に〝何か〟から逃れようとしている所作を見せた実花。
彼女の周りの影もあんなに威勢よく動いていたのに、今はしんと静まり返ってる。
空は夕焼けから、既に荒れ狂う雷雨になっていた。
ガシャン、何かが割れる音。
音のするほうを振り返れば、窓ガラスが見事に割れていた。
床に散らばり、きらきらと光っている。
「———— あれ、何で雨なのに光ってるのよ……紅く」
ガラスの欠片はきらきら、燃え上がるような紅いものに反射していた。
彼女の眼が一変する。
あんなに強気だった態度は小動物のように怯え、ぷるぷる。足が震えが止まることはなかった。
はあ、とジュンの溜息が静寂に包まれた部屋に響く。
そして—— 実花の隣に立ち、耳元でそっとささやいた。
途端、実花の顔色は青ざめたこと見事に真っ青になった。
血の気もない衰弱した病人のようだ、ジュンは冷笑した。
ずるずる、と後退りする音。
遂に、ペタンと座り込んでしまった音。
怯えて何も言えない実花にジュンは冷たく言い放った。
何の容赦もなく。ただ、真実を告げた。
「あんたの行く先は地獄だよ」
「きゃああああああああああああっ!!」
絶叫。部屋中に響き渡る絶叫が空しく燃え盛る外へと消えていった。
その燃え盛る外の他に断末魔と呻き声、泣き声やら泣きやむことはなかった。
ようやく自分がいる立場に気付いたのか、自分のほうへ振り向いた実花は、唯一祖母に貰った大鏡があったという壁を指差しながら。
「ねぇ、ここは家のはずよ! あんたの——幻なんかに騙されてたまるもんかっ!」
「家なんかじゃあない……あんたは知らないようだけどあんたがほら、風が酷かった夕方。気まぐれで、散歩でもしようかと思ったんだろう。そうだよ、外に出た時点から、——— あんたは地獄に堕ちたんだ」
「嘘よっ!」
「嘘だと思うなら、外に出てみれば?」
挑発された実花は怒り任せに部屋のドアを蹴破った。
まだ思春期前半なのに良くそんな力があるもんだとジュンはある意味、関心を覚えたが。
すぐ、それは悲鳴へとかき消された。
開かれたドアから入ってくる熱風がジュンを襲う。
———— 痛い、さすが、地獄だ。とジュンは思う。
まだ部屋のあちこちに黒い影が残っていた。
それらは必死に部屋に、壁にへばりつきながら地獄に堕ちることを防ごうとしていた。
それは無意味なのに。
外に出た時点でもう堕ちてしまったのだ。
そもそも、人の心を勝手に誤解して勘違いで身勝手な解釈をして真実を知ろうともせず、自分は被害者だと被害妄想した所為で生きている間に築いた業も死後も業を重ね続けたのだ。
———— それを世は因果応報という。
「無駄だよ」
同時に黒い影は跡方なく消え去った。
もうそろそろ異空間の主がいなくなったこの妄想と執
念で出来た空間は崩れ去るだろう。
ジュンは踵を引き返す。
ドアに出る前に聞こえた声。それは未だ自分勝手な主張ばかりする少女の声。
まだ執念で部屋に残ってたのか。
もはや、呆れ果てるのみ。
「あんたは、本当に………馬鹿だねぇ?」
ドアの外の向こうにある地獄の炎が、この異空間に妄想と執念でできた実花の記憶を頼りに作られた〝家〟を燃やし始めた。
外に避難していたジュンは静かに見守る。
———— もう、少女は何処にもいなかった。
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