複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝 ( No.38 )
日時: 2011/07/18 14:53
名前: 玲 ◆EzIo9fEVOE (ID: ICvI0sBK)

  #02 ( 無力 )



娘のその言葉に青年は『ああ、もちろんだよ』と自信ありげに答えた。
薄桃色の魅力的な唇を笑みの形に歪んだ。
意味ありげな青年と対照的に娘は幾分、余裕の表情を見せた。
そんな娘に、青年は冷たく言い放つ。
途端に娘は大きく目を見開いた。
強気の態度が一変。小動物のように、体が震え始めた。
青年は体勢を崩さぬまま、淡々と告げる。


「君の背中にお札を貼らせてもらったよ」
「…………のれっ!」
「いくらでも呪えばいい。全て自業自得なのに」


屈辱的な仕打ちに娘の尖った視線が突きつけられる。
それらを交わして青年は呆れ果てたような視線を娘に遣ったあと、更に強く締め付けた。
ギリギリと音を立て両脇に腕が食い込む。
鈍い痛みに悲鳴を上げた娘。そして突き飛ばした。

「きゃああっ!」

と冷たい畳の床へ突き倒される。
動きたくとも体が倦怠感に襲われて動く気になれなかった。
背中はたしかに何か貼られた紙の感覚があった。
娘は慌てる暇なく、青年は娘の傍らに座った。
そして胸ぐらをつかんで上半身を持ち上げる。
きゃああ、と娘は叫んだ。
青年は顎に手を当てながら、何やら考え事をしていた。
逃げ出したくもだせないことに焦り始めた。
早く札をなんとかせねば、と焦る余り娘は青年の視線に気づかなかった。
そうとは知らず娘はバタつく。


「いい加減に大人しくしたら? ………笑般若」
「くっ……百合と呼びな、百合」


僕はあんたでなく涼太という名前があるからね、と青年は付け加える。
百合は涼太に対し『あんたにはもったいない名前だねぇ』と皮肉った。
涼太は微動だにせず。百合をじっと見続ける。
じろじろと見られる不愉快さに、思わず百合は怒鳴る寸前、涼太が口を開いた。


「笑般若、百合。お前は、多くの子供を食べた罪は……重いよ?」


ぐっと低くなる声。百合はククッと喉を鳴らし笑った。
愉快そうな笑いに涼太の眉間の皺が数本寄せられ、増えた。
それを嘲笑うかのように、百合は笑い続ける。
遂に大笑いになった。
眉間に皺を寄せた涼太の顔がぐんと冷え込んだように無表情になった。
それを構わず、百合は笑った。


「だから、なんだというのよ? あんた等人間が増えすぎた所為で今妖怪たちは住処を徐々に失いかけているんだよ。それに生きる為に人間を食らう妖怪なんざ、そこら中にいるじゃあないか、何もあたしだけじゃないよ。それにあんな夕暮れまで子供を放っといた親にも責任があるじゃないかえ。お前ら、人間共はいつだってそうさ。勝手に人間共からの負の感情で生まれた妖怪にさえ恐れる。本当に化け物なのはお前ら、人間じゃあないか、あたしらはただ人間より長生きしてるだけさ。文句があるなら、神にでも仏にも文句いえばいいじゃないか。それなのに、人間は勝手にねずみみたいに増えて勝手になんでも自分たちの物にしたがる、差別する、………あたしらは人間共と違うよ。あたしらはね、苦労しているんだ。食うものにも住むところにも、何にもかもねぇ」


あたし等はあんた等とは違うんだよ、百合は憎たらしげに吐き捨てた。
さすがに、何も言い返せない涼太を良いことに次々と言い訳の連発を繰り返す百合。
それを愉快そうな顔で見てたが、ふと、顔色が変わった。
胸ぐらを強く握りしめられていた。


「何をするんだい………全く礼儀の知らない子だねぇ」
「黙れ」


——— 低く唸る声。さすがにゾッとした百合は小さく震えた。


「人間はたしかにそうだ、だけど無闇に殺してはいけないんだ」
「それはお前ら、人間共の勝手な言い分さ」
「こちら側にすれば、妖怪たちの勝手の言い分だけど?」
「———っ! だけどお前らに奪われたんだよ、こっちは!」


怒鳴り返すも、通じない。プルプルと恥ずかしさで震える思いになる。
涙を目に溜めた。その紅い頬に涙が止め処なくポロポロと零れ落ちた。
震える体が止まることを知らない。
殺されるくらいならば、百合は懐に忍ばせておいた小刀を手に取った。
—— 同時に手に鋭い痛みを覚えた。

カラン。と小刀が遠くのほうに落ちた音。
そのほうに見れば、やはり小刀は遠くに転がっていた。
自殺さえ出来ない状況。
百合はやけくそな思いで涼太をキツく睨んだ。
………涼太はピクリと、微動だにしない。
ますます怒りが身を燃やした。
両肩を強く掴んで爪を食い込ませる。

睨み合いが続いた。




「お前ら、人間如きに殺されるくらいなら、喜んで自ら死ぬっ!」
「そうしてくれるとこちらは嬉しいけど……僕は嫌だな」
「————— はっ?」



百合の頭に疑問が浮かんだ。



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