複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝 ( No.43 )
- 日時: 2011/07/18 15:10
- 名前: 玲 ◆EzIo9fEVOE (ID: ICvI0sBK)
#05 ( 共存 )
「ああ、美味しかった」
「それは良いけどあまり食べすぎないでね、〝食べもの〟が減るから」
分かってるよ、と言って女は山道でなく獣道になった道とも呼べぬ道を高価そうな着物で歩き辛い。
とは思わせず、スイスイと獣道を歩いて見せた。
青年は後を必死に追う。妖怪と人間の差は面倒だねぇ、と女が言えば、青年は苦笑いして。
そうだね、とだけ言った。
既に空は夕闇に染まりつつあった。
今晩の真夜中にでも嵐が来そうな晩だ。
早く帰宅せねばと女は焦った。
別に青年が死んでも自分の生活に支障をきたすわけ……いや、きたすか。
自分は札を貼られているのだ。
先程の男児もいつもなら数分で片付くものを今日は数十分かかったのだから。
——— 返り血を浴びた着物はいつの間にか綺麗に元通りになっていた。
「ほら、家についたわよ」
「…………死ぬ………」
体力がないのに等しいのも人間だ、女はうんざりした顔で先に進んだ。
ここまで来て自宅も間近なのだから置いていっても構いやしないだろ。
別に人間はそこまで愚かでも弱くもない。
経験上の—— 知識だ。
家に帰ればいつも通りの風景。
ただ茶碗が、もう一人分に増えただけ。
今日はアユが獲れたのでアユの塩焼き。
原始的な調理しかしない女に、青年—— 涼太はいつも苦笑いする。
そこが、この女を苛立たせた。
気にしなくとも良いが女はどうしても気になるのだ。
やってられない、と女は独り言を呟く。
それが涼太の耳に届くことはない。
○
時代は明治。それを知るものの田舎には、所詮は無縁だ。
人間の時代に合わせて生きなければならない妖怪たちには、重要でどんな妖怪が敵対関係や嫌おうとも互いにそれだけは教えるのが常識。
——どうせ、長く退屈に生きるのだから。
互いに生きながらえてなくては面白みがない。
どの種族が言ったかは定かではないが、その一言で決まった暗黙の掟。
その掟通りに知り合いの妖怪が教えてくれた。
涼太は幕末の本当に最後の最後ら辺に生まれたのでまだ生きる寿命はある。
百合は暇潰しと退屈しのぎで涼太との生活を面白半分に暮らしていた。
人里の村人たちは相変わらず続く子供の変死体に異常なまで警戒を持ってるせいか、最近子供を食らうのにも一苦労だ。
………全て元凶の涼太は相変わらず、のんびりとしていた。
ある日の朝。最近体調の優れない涼太のことが気がかりになった百合は薬草を煎じようと山道を歩いていた際。
腹部に——— 異物感を感じた。
自分の腹の中に、何かがいる。
そう、〝子供〟がいる。
まだ小さいが、人間でなく妖怪の百合はしっかりと感じ取った。
子供が出来たことを。
薬草を採り終えた百合はすぐさま……父親の待つ家に向かって駆けた。
別段—— 子供が死ぬことはない。
貧弱な人間とは違うのだから。
百合は嬉しさで胸が一杯だった。
数年の間にいつの間にか二人は愛情が生まれ、夫婦当然だった。
笑般若の種族は子供が出来ること自体が稀だ。
何故なら子供を食らう特性を持つのに子供を持てば母親になってしまうからだ。
但し種族の繋がりはとても強く今まで裏切り者が一度も出ないのだ。
妖怪世界では笑般若のみだ。
そのような特性を持っているのは。
駆ける足が早くなる。早く早く伝えなければ……もう少しで自宅に着く直前。
鉄の生臭い匂いが鼻をツンとついた。
何度も種族ながら嗅いだことは数えるのが馬鹿馬鹿しい程、慣れた匂い。
体が震えた。
家の戸を開けて見た光景は。
………………涼太が血を吐き、倒れていた。
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