複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝 ( No.44 )
日時: 2011/07/18 15:17
名前: 玲 ◆EzIo9fEVOE (ID: ICvI0sBK)

  #06 ( 始終 )


子供が出来たと分かって以来、日に日に涼太は体調が優れず弱っていった。
原因は全て自分にあった。
人間は妖怪と長くその場にいると病弱になる特性を持つ人間が稀にいて、—— 涼太はそんな特性を持っていた。
好い加減に人里に帰れと言えない。
生贄にされたのだから帰ったとしても殺されるだけ。

悩み抜いた末に、だした結論は子供が生まれるまで離れて暮らすこと。
だが、それを涼太は拒否した。
自分はもう長くないと先日死神が気まぐれでわざわざ、教えてくれたという。
百合は舌打ちした。

死神は妖怪が逆らって良いはずがない。
そんな事すれば閻魔大王の怒りに触れて最悪の場合、涼太が地獄に落とされる事になる可能性もある。
ここは素直に従うしかなかった。

もうすぐ子供が生まれる頃になる。




         ○



「………赤ん坊は、まだ生まれないようだね」


久しぶりに体調が少し良くなった涼太が言った。
近くで薬草を煎じてた百合の手が止まる。
そして自分の腹部を見て、そうね。とだけ言った。
なかなか、生まれそうにない子供。
普通なら、とっくに生まれている頃だが。
………なかなか、生まれてくれない。

百合はお腹をさすりながら、立ち上がった瞬間。


子供がお腹を蹴ったと同時に、血飛沫が顔についた。
その視線の先に—— 血を吐いて倒れている涼太。
口元を手で押さえて苦しげに咳き込んでいた。
作り終えた薬草を呑ませようとするも、刹那。
手で払いのけられた。
唖然とする百合を余所に、発作が治まった涼太が、儚げに微笑んで。


「もうすぐ………君とはお別れだ」


信じたくない言葉。同時にお腹に……激痛が走った。
あまりの痛さにその場でうずくまる。
破水、した。
つまり、陣痛がきたのだ。



         ○



翌朝の10時ごろ、遂に生まれた。笑般若では貴重で稀な男の子だった。
純血の笑般若なら沢山いるが、その分長い生きするため男が生まれることは滅多になかった。
しかも、妖怪世界では大変珍しい人間との半妖。
普通なら動物や他の種族ならまだしも、人間。
人間特有のどの妖怪たちが恐れる霊力を知らずに秘めてる種族だ。
それは……神や仏に救われる力。
どちらにせよ、同時に持つこの子は幾多の困難を受けなければならない。


複雑な思いである百合に布団で横臥おうがしていた涼太が、初めて口を開いた。
今日は幾分、体調がいつになく優れているようだ。
百合は視線を赤ん坊から、涼太にへと遣る。


「名前………どうする?」
「………名前………」


涼太が早く赤ん坊が見れるよう焦ってたが、名前はちゃんと考えてた。
百合は涼太に赤ん坊を抱かせて頬を軽く突っつきながら、クスクスと、笑った。
それは子供を食らう女妖怪の姿ではない。


「ジュンよ、ジュン」
「……漢字は?」
「片仮名よ、漢字はね………」


そっと耳打ちして伝える。涼太は満足げに微笑んだ後——眠りについた。
それは永遠の別れだった。
妖怪も死ねば転生は出来るが絶対に、人間に転生することはない。
せいぜいマシなのは動物くらいだ。
百合は静かに眠った涼太の傍でいつまでも静かに泣き続ける。

赤ん坊は遂に父親を知らぬまま、安らかに寝ていた。
父親の腕の中で。
穏やかで心地良い感じなのだろう。
今まで泣いていたのが嘘のように穏やかに寝ていた。







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