複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝 ( No.46 )
- 日時: 2011/07/18 15:36
- 名前: 玲 ◆j/SKQt9Lig (ID: ICvI0sBK)
#00 (番外編/丑三つ時の女)
「ジュン、今夜は綺麗なお月さまが出てるから、見ようか?」
「………本当だ」
母と二人で静かに山奥で生活していた。
父は自分が生まれた時、死んだらしい。
時々墓参りして父に成長した自分を報告をする。
そんな生活を生まれた時からしていた親子だった。
自分は母が人間でないこと。
父が人間であることと自分は人間の半妖で自分の種族以外の妖怪に非常に狙われやすい。
母は山の近くの人里で良く自分と似た年頃の子供を食らったこと等、幼い頃から教えられた。
——— まるで戒めのように。
母によると男の笑般若も子供を食らうとか。
つまり、女の笑般若が生まれ子供を食らうのは普通の光景だが。
男が生まれ子供を食らうのは当然ながら珍しいらしい。
元々女の妖怪の種族で男が生まれるなど吉兆だとか。
良く分からないが。
小屋を出て近くの大木に飛び乗る。
たしかに月は丸く輝いていた。
今夜は良い満月の晩ね、と母が嬉しそうに言う。
静かに月を眺めていた処、何処からか音が聞こえた。
何かを打ちつけてる音だ。
傍にいた母はその音を聞くや否や帰ろうと言い出した。
ジュンは何故か問えば母は苦い顔をしながら、〝丑の刻参りよ〟と言った。
たしか、村人に聞いたことがあった、その憎い人間を夜中に呪う儀式だったけ。
ぼんやり、思い出した程度の知識を振り絞るジュンに、母は。
「———嫌なものを見ちまった、さあさ、早く帰ろう」
「…………やだ」
途端、母の顔色が変わった。
いきなり自分を抱き締め頭を撫でる始末。
そのまま抱きかかえ家に帰ろうとするが、ジュンは手足をジタバタさせ抵抗した。
諦めついたのか、母はジュンを下ろし、ジュンの小さな手を繋ぐ。
「人間ほど、愚かなものはないんだよ———分かった?」
「……うん」
言ってる意味が分からなかったが、何処かに連れていく母の手を握り締めて真夜中の山道を歩く。
別段視界が悪く進めないということはない。
人間と違い夜目は闇夜に生きる妖怪では、見えやすいのだ。
——— ジュンも母も夜目に効くので別段困ることはなかった。
そろそろ、人里に着くころ、母が立ち止まった。
合わせて立ち止まる。
気付けば藁人形を打ちつけてる人間の—— 女の姿が、そこにあった。
目はギラギラと尖って光らせ、眉間に何本もの皺。
目は吊り上っておりまるで狐のようだった。
死に装束に頭は火のついた蝋燭をつけて、首から鏡をぶら下げている奇妙な格好だ。
大きな釘で人型の藁人形を凄まじい力で打ちつけている。
そこから徐々に聞こえる小声はしっかり、母子の耳に届いていた。
……人間ほど愚かなものはないんだよ。
母の戒めの意味が、ようやく理解できた。
———— あたしは優しくしたのに、何であいつはっ……!
———— あのとき、助けてくれてもしなかったっ!
———— 殺す! 必ず末代まで滅ぼしてくれるっ!
———— 藁人形よ、我に復讐を成し遂げて見せよっ!
———— ………人……否、同族の気配がする。
凄まじい表情をした女がこちらを振り向いた。
そして表情が変わった。
ごく普通のそこら辺にいるような女の顔に戻ったのだ。
驚くジュンを余所に母は呆れ混じりの声でその女に言う。
—— その女は笑いながら。
「なあんだ、百合か。……その子がジュンかえ? 結構な色男だね、本当に5歳児なんかえ、絶対に年を誤魔化す…あんたなら、するわけないか」
「……ジュンがいるから、睡眠の妨げになるよ。来るな馬鹿」
「あんたを訪ねても絶対、警戒されるから、ヤケクソ…でね?」
「丑三つ女………殺してやろうか?」
母の爪が伸びた。鋭く尖っていた。
「ちょ…と、冗談だよっ! ゴメン、ゴメン」
大げさに溜息を零す母にあの女の知り合いなのと尋ねた所、母は知り合いだよと答えた。
母の説明によると丑の刻参りした女たちの怨念から、生まれた妖怪、丑三つ女らしい。
主に自身の復讐相手に怨念で殺すか、復讐したい女に手を貸す……親切なのか良く分からない女妖怪だとか。
「今夜は復讐したい女に手を貸したあと、暇潰しと目的のためにここに来たわけさ。さっきここを通った人間の男が震えあがりながら逃げ帰っちまったよ、嗚呼、愉快だった。……さあ、帰ろうかな。今度ここにくるときは、手土産を持つよ、何が良い?」
「食べもんが良い」
丑三つ女は大笑いしながら、山の闇に——— 姿を消した。
「全く妖怪騒がせな……ほら、今度こそ帰ろうか」
「うん」
カラコロ、カラコロ。
下駄は途中で音が途切れたっきり、響くことはなかった。
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