複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝 ( No.53 )
日時: 2011/07/18 15:58
名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)

  #02 ( 出会い )


——— もう、嫌だ。
——— 何で……何で、分かんないよ。
——— お母さん、お父さん、好い加減にして。

嘆きと涙ぐんだ声が混じる、声の渦の中。
苦しいよ、苦しいよ、悲しいよ、悲しいよ。
と里奈が頭を手で押さえながら言った。
表情は見事に、歪みに歪んで涼やかな顔が台無しだ。
息苦しく内情を吐露する。
ああああッ、と叫んだ。何に苦しんでるのか。
全く理解不可能だった。
狂い死にした表情に良く似た苦しげに歪む顔。
初めて憐みを覚えるくらい、酷い形相だ。

黒毛の少女—— 舞はグッと唇を噛み締めて堪えた。
淡い水色のワンピースの下にズボンを穿くという服装で裾を握り締めた。
顔が苦しげに歪むのをジュンは黙って見続ける。


「おかあさん」


里奈がポツリと言った。


「お父さん」


舞が低い唸る声で言った。


「何で」
「何であたしは、」


交互に言い合う。


「何で勉強ばかりしなくちゃ」
「いけないのよ」
「勉強、勉強。勉強。あたしも遊びたいよ」
「好い加減にしてよっ!」


舞が怒りに満ちた顔で怒鳴った。
寂しげな人気が全くない花畑に響いた。
舞と里奈の怒りを静かに受け止めて静寂に戻った。
ゆらゆら、何かが鈴蘭畑に浮かんでくる。
それは二人の陰だった。
怒りの黒い陰。
いつかの自殺した少女、実花の時と同じ陰だった。
しかし、その陰は、悲しさを秘める陰だった。


里奈は黒く花型のラインストーンのついたヒール風の靴で鈴蘭の花を踏み潰す。
ぐりぐりと踏む度、甘く濃厚な香りがジュンの鼻をついた。
涙を流して決死迫った表情。
……あの時と同じだわ、と舞が言った。




         ○



いつも、いつも、苦しむのは子供ね、と悲しげに祖母が独り言を繋いだ。
ゆっくりと顔を見上げると、祖母は困った顔だが優しく微笑み、舞の頭を撫でた。
猫の頭を撫でるように、優しく。
—— 母はしなかった行為。
古い木で出来た机に広がる勉強道具。
年頃の娘らしい小物や小道具など何処にも存在しない。
一見、受験勉強か中間テスト等を連想させるも、少女の家では当たり前の光景だった。

そう、少女は生まれてから勉強尽くしの生を受けた。
勉強熱心な両親は異常なまでに厳しく勉強だけしかさせなかった。
——苦しく苦しく苦しくつまらぬ人生。
少女は悲観する、嗚呼、年頃の娘とは違った少女に、祖母はいつも憐れんだ。

「勉強ばかりじゃ、暇でしょう」

と祖母は両親の目を盗んで昔ながらの遊びを教えた。
お陰で小学生のころは地元の老人と交流する行事の際に褒められて皆から注目された。
あの時の快感は今も忘れられない。
両親は驚きつつ、素直に舞を褒めた。
それが、最初で最後の褒め言葉だった。

後から続くのは勉強という単語と成績という単語だけ。
いつも両親が求めたのは世間体ばかりだ。好い加減にしてという苛立ちとストレスが、限界寸前まで来ていた。
その時、祖母の死というストレスと勉強の苛立ちが遂に重なり、夕食を食べていた時、流れていたニュース。
中学生の自殺。

舞は今晩の内に首を吊って死んだ。



同じころ、同じく勉強だけしか自身を評価しない両親の大喧嘩の末に、生まなければ良かった。
という暴言を吐かれた里奈が同じ時刻ころに、手首をハサミで切って死んだ。
二人の魂はこの世とあの世の境にある、この入り口に迷うことなく着いたのだった。

そうして辺り一面に広がる鈴蘭畑に。
人気がなく怯えていた二人は偶然にも。
ひときわ匂いが強い鈴蘭を摘もうとして手を伸ばして二つが触れた。


「あ」


同時に言った。
同時に気がついた、人がいたことに。



……同じ身の上、同じ年頃、同じ趣味。
全て全て同じだね、と舞が笑う。
里奈も静かに笑った。
あたしたち、似た者同士だね、と里奈が言う。
舞は静かに頷いた。
ここはどこなんだろう。
それは二人も知らない。他に人はいない、ようだ。


ゆらゆら、ゆらり。
ゆらゆら、ゆらり。


二つの魂は今も甘い香りの鈴蘭畑にて共に刻を過ごしていた。
そう、人なざるもの、即ち妖の子供がくるまでは。
———ジュンが足を踏み入れたとき、悲しい予感がしたのは。
これだったのか、と思った。





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