複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝 ( No.54 )
日時: 2011/07/18 16:11
名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)

  #03 ( 変わらない事実 )


怒りが鈴蘭畑に木魂することなく静寂なままだった。
その静寂を切り裂くのは、やはり少女たちの怒りに、どす黒く毒と狂気が溜まった影だ。
呪い殺しそうな視線が、ジュンに突き刺さる。
彼は微動だにせず、ただ、彼女たちの手首の切り傷や首の痣を見て一言。

「ああ……だから、自殺したんだね」

触れて欲しくなかった言葉。
彼女たちの目が眼一杯に見開いて震えた。
わなわなとやはり、実花の時と同じように黒い影がゆらゆら、揺れる。
まるで自分たちから、この異端者—つまり、自分—から守るように動く。
それが憐れで仕方ない。
残酷な真実を告げなければならなかった。

ジュンが一番嫌いなことだった。
だけど……教えないほうが、幸せなのかもしれない。
いつまでも、ここに居られるのだから。
まあ、どうせすぐに事実を知らされることになるのだ。
大した大差はないのは同じだ。


「——君たちに告げなければいけないことがある」
「な……なによぉっ」


気が強い里奈が言った。
ジュンはやはり微動だにせず、先を続けた。


「自殺したらね、天国にも地獄にも逝けない、つまり——永遠にこの場所をさ迷う羽目になるんだよ、君たちは綺麗な鈴蘭畑で満足しているようだけど、果たして本当に綺麗なのかな、本当にここは幸せな場所だと君たちは思っているようだけど、違うね。全く幸せなんかじゃあないよ」


沈黙になった。
だが、すぐにその沈黙は切り裂かれる——彼女たちの悲鳴に鈴蘭畑は静寂ながら、騒ぎ始めた。
それは彼女たちを嘲笑うかのように、ざわざわ、と鈴蘭が風もないのに、ざわめき始めたのだから…。
彼女たちは怯む、鈴蘭はそれを知らず、ざわめく。
ざわめく——……。


「いっ……いやあああああっ!!」
「なっ、…なによ、これっ!?」


突然、地面がメリメリと割れ始めた。
それはちょうど二人の間に二人が落ちることなく。
そして二人を離れ離れにさせた。
慌ててどちらの地面にへと飛び乗ろうとするも。
足が動かない。
そうしているうちに、どんどんと地面が二人を離れ離れに割り続けた。
ジュンは舞のほうに居る。
二人は構わず、ジュンに悲鳴に近い声で叫んだ。


「どうなってるのよっ……!」
「どうなってるって、こうなってるんだよ」


淡々と告げる。里奈は必死に舞の名前を叫んだ。
舞も里奈の名前を叫ぶ。
二人はすぐ繋がってる地面がないか、探し始めたが何処にも見つからない。
——— その様子を見つめていたジュンが言った。


「無駄だよ」
「……嘘よっ!」


甲高い舞の声がキーンとジュンの耳に響く。
それでも淡々と告げた。


「本当だよ、あのね、自殺者は必ずこの境界の入り口にさ迷うことが、地獄の掟なんだよ。君たちは幸運にも同じ境遇、しかも同じ年齢で本来なら出会うはずもない自殺者同士が逢ったんだよ。自殺者はね、永遠にこの場所で独りでさ迷わなきゃならないんだ。だから、君たちはもう、二度と逢えないよ」


真実を聞かされて足が竦んだ舞。
—— 地面はようやく割れるのをとめた。
そして里奈の姿が彼女の視界に捉えることは、もう二度となかった。
自分の傍にいた、ジュンに殴ろうとするも、するりと交わされる。
ジュンの憐れんだ視線は舞を突き刺し、途方もない怒りを呼び起こした。


「——— あんたの所為でっ!!」
「僕の責任じゃあないよ、君たちが孤独にさ迷うのは誰だって同情するさ、現時点で僕も同情してるが、僕がどうにもすることは出来ないよ、だから……本当にご愁傷様」
「何でよっ! 勉強、勉強…それだけしか、しなかった人生に誰だって嫌気が差すわよっ。わたしは頑張ったのに……努力したっていうのにっ」


舞の人生は、舞の言葉でしか知らないジュンに舞の内情など無意味だ。
しかも妖怪なら、なおさら。
当然、人間の内情を知るはずがない。
舞の絶叫に近い苦痛に満ちた悲鳴は、……ジュンの心を捕らえることはなかった。


「だけど—— 鈴蘭なら、わたしを、里奈を癒してくれるはずよっ!」
「——— 鈴蘭てね、毒があるんだよ。……知ってた?」
「え?」


ざわざわ、ざわり。鈴蘭が風もないのに揺れ動く。
舞の眼に驚愕が走った。
突然、鈴蘭が真っ黒な怪しい煙を—— 瘴気しょうきを噴き出し始めた。
辺りはすぐに暗闇に変わる。
甘い香りと景色は暗闇のなか。
アンバランスだが、舞の恐怖を煽ったのは間違いなかった。
なおも舞の隣にいるジュンが先を続ける。


「鈴蘭畑は君たちを捕まえるための罠だ、本当はこんな暗闇のなかを、独りでさ迷うのが自殺者の末路なんだ。だから……もう、お逝きなよ。ここは君たちがいるところじゃあない、———ここは自殺者を最初に、迎えるための罠だからね」
「…………いっ、いやあああああああああああああああああああっ!」


黒い煙は舞の体を包み込んだ。
けど——ジュンの体を包み込むことは、決してなかった。
最後に息苦しいだろう舞の言葉が静かに発した、その言葉は。


「………たすけ……て…………」


それでも、ジュンの心を捕らえることはなかった。







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