複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝 ( No.57 )
- 日時: 2011/07/18 16:17
- 名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)
#04 ( 高慢 )
真夜中の午前零時ぴったりの時刻。
閑静な住宅街が寝静まった時刻に、からんころん、という下駄の音が、何処かの辺りから何処となく響く。
陰鬱な雰囲気を出している少年が、そこにいた。
—— ジュンは手にした地図を見ながら、一軒、一軒家を隈なく名字を見て探している様子だった。
さわさわ、とざわめく住宅街に埋められた最近の〝エコライフ〟だのの影響か。
頼りなく細い外国産の木が立ち並んでいた。
テレビに出てくるありきたりな街並みをイメージしたのだろう……詳しくは知らないが。
「……………何処だ?」
何しろ高級住宅街と名高い、この地域は彼女等みたいな子供たちや家庭が多く存在する住宅街なのだから。
似たような家や家庭ばかりで見極めるのが困難だった。
仕方なく後で知った名字を頼りに探していたのだ。
からん。と………下駄の音がぴたりと止まった。
—— ある白い壁の一軒家、その家の名字は〝安藤〟だった。
「………ここか」
ジュンはその家の小さな庭を通り玄関の階段を上がった。
インターホンを押す。真夜中で近所迷惑になると思ったが、どうやら気付いてないようだ。
まあ、その方が助かるのだが、が真夜中に尋ねたのに間が余り開くことなく重苦しいドアが開いた。
中に険しい顔をした初老の男女が、居た。
女は白いハンカチをキツく握り締めながら、泣いていた。
男は泣きはしないものの、険しい表情が和らがなかった。
そんな男女に迎えられて、ジュンは中へ上がり込んだ。
「どうでした?」
「………里奈の様子は」
普段なら何処にでもいる平凡な夫婦だった。
……高級住宅街には珍しく普通の家庭より少し上の中流家庭だった。
住宅街で安く買えた土地に、一軒家を建てて住んでいる。
夫婦は別段あんな偉そうで神経質なセレブや世間体ばかり気にする上級者には到底思えない風貌。
それどころか、女は泣きながら、娘の思い出話を混じりつつ、真剣に聞いていた。
「えぇ、幸せに……成仏しましたよ」
「そう……ですか」
「良かった…わっ!」
一気に女が泣き出した、男が女を自身の肩に寄り添わせる。
—— 本当のことが言えることが出来なかった。
自殺をしたら、永遠に暗闇にさ迷うのが掟だと言えることは出来ない。
この夫婦は普通の家庭で子供にある程度、勉強しなさいと言うぐらいで勉強を強いてきたわけではなかった。
そう、舞はたしかに強いられてきたが、里奈はただの被害妄想だったのだ。
それを知らず自分たちを責め続ける夫婦が不憫で仕方ない。
夫婦と初めてあった日は酷く雨が酷い晩だった。
庭先で雨宿りしている時に出会ったのだ。
彼等は普通に驚いて警察に通報しようとしたものの、ジュンの娘が亡くなったという一言で。
……すぐ理解してくれた。
自分が妖怪とのハーフであること、それでも死んだ娘と同い年だからと快く中で雨宿りさせてくれた。
その恩返しが……仇となってしまった。
やりきれなさと何処か客観的な差から、胸が嫌な違和感を感じてくる。
もう、そろそろ、お暇した方が良いころだ。
もう二度と逢うことはないだろう。
自殺者が一周忌を行われると報われるという話は幾度も聞いたことがある。
だからせめて救えなくとも暗闇からの恐怖は救いたいと思ったが、すぐに思い返した。
あの子は何にも分かってなんかいなかった。
勉強ばかり強いられてきた、とたしかに言ったが、あれは嘘だ。
大体勉強好きな子供が圧倒的に少ないのは分かる。
だが、勉強をある程度しななくてはいけない。
だけどあの子はそれを強いられている、と勘違いした。
夫婦が不憫で憐れで胸が違和感を訴える。
だが……あの子が救われるのは快く思えないのだ。
自分勝手で何にも学ばず分からず屋のあの子が、夫婦の助けまで借りるとは、ずうずうしいのにも程がある。
「では………さようなら」
とだけ言って、さっさとお暇した。
もう二度と逢うつもりはない。
例え偶然逢ったとしても、すぐ目の前から姿を隠すだろう、それか消すか。
からん。真夜中の閑静な住宅街の道にて響く下駄の音。
高慢な彼女。そんな彼女の両親である夫婦は、彼女とは正反対だった。
高慢な彼女が救われるのは嫌だ、そう直感が働いてこんな結果に……だ。
それに一時的ながら友達になった舞を見捨てて自分だけ救われるのは、狡い。
だから、一緒に巻き込んでしまえば良いだろう。
住宅街の夜空はただ暗いだけ。
まるで高慢な彼女——里奈がさ迷う闇に良く似た真夜中の空だな、とジュンは思った。
さようなら、高慢な娘よ。
永遠にさ迷え。両親の心を深く傷つけた罪は……甘くはないだろうから。
さようなら、憐れな——— 里奈の両親よ。
完結