複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝 ( No.59 )
- 日時: 2011/07/18 16:24
- 名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)
#01 ( 暗い終戦 )
辺りはもう焼け野原になっていた、焼け落ちた家や人々の遺体が運び込まれて火葬される。
その異臭が鼻にツンとつくがもう慣れた匂いだった。
少女の履き古びた薄いぼろぼろの靴をその場で踵返す、運良く焼け落ちずにいた家に帰るのだ。
………親はもう、いない。父は戦争に行ったきり、音沙汰無し。
母は終戦を向かえる一週間前の空襲で死亡。
骨となって少女とまだ6歳の妹と共に対面した。
その時、一緒に居てくれた母の叔母が今自分たちの家に住んでいる、叔母の家は運悪く燃えたのだ。
——— あの空襲で燃えないのが、可笑しいくらいだ。と少女は思った。
自分の家に帰れば出迎えたのは、まだ愛らしい妹。
……嗚呼、また痩せたな、と感じた。
まだ戦争がそんなに酷くならない前はとてもではないが普通にふくよかな体形が今はその面影はない。
自分も随分痩せていった。
おかっぱ頭のまだ黒く輝く髪、愛らしいのに、痛々しい程、痩せている。
胸が軋むように痛んだ。
「お帰りなさい、お姉ちゃんっ!」
甘えてくる妹の愛らしい声が心を安堵させてくれる。
「ただいま、絵里子、良い子にしてた?」
「うんっ!」
少女の三つ編みの髪がさらり、と揺れた。
玄関の戸を開けたままだったので風が入り込んだのだ。
そこへ茶の間から叔母が出てきた、傍らには自分の従兄妹たちも出迎えてくれた。
「麻紗子さん、町の様子は?」
「……焼け野原でした」
「そう、やっぱり。……さあさ、早くおあがりなさい。居候している身だけどね、こんなことを言うのは失礼だけど。でもね、アメリカ軍の兵士たちは、私たちに乱暴を働くっていうじゃないの、危ないわよ」
叔母は母のように出迎えて言った。叔母は常に冷静だけど何処かずうずうしい性格だった。
幸い従兄妹たちはそんな叔母に羞恥心を覚えながらも、叔母に似ることなく自分たちに普通に接してくれた。
そこが救いだった。
—— 叔母は自分たちの親代わりなのだ。
文句は言えない、居候であろうとも。
翌日、叔母が唐突に食料を闇市で仕入れてきましょう、と言い出した。
麻紗子たちは何も言わなかった、国の配給品ではとても賄えないのだ。
それに国の配給品だけ生活し死んだ清い役人の話も今や有名—— だからこそ、生き延びる為に必要不可欠だ。
「というわけで今から行くから、静太。行くわよ、あなたたちはお留守番をよろしくお願いしますよ。麻紗子さん、よろしくお願いしますね」
「はい……」
叔母は静太を連れて家を出て行った。
絵里子と千代子は同い年だったので仲良く遊んでいた。
麻紗子はその間に家に密かに隠してあった保存に効く食料品を見つめる。
叔母が自分たちに内緒で隠した貴重な食料品だ。
それを自分の子供たちだけ食わしているのも事実。
だから、麻紗子と絵里子は痩せているのに静太と千代子たちは少し痩せているだけだった。
叔母は自分たちの子供だけしか、可愛がれないのだろう。
誰だってそうかも知れないが、それでも許せなかった。
自分たちは血の繋がった親族なのだ。
それを棚に上げ、自分たちだけが楽になるような真似をする、叔母が許せない。
自分が成人すれば、こんな思いはさせなかったのにと唇を噛み締めた。
静太たちは憎んでないが叔母が憎たらしくて仕方ない。
そっと棚にその食料品をしまった。
食べれば怪しまれるからだ。
最悪の場合、家を追い出されるかもしれない。
「………お姉ちゃん?」
ハッとして振り返れば、後ろに絵里子がいた。
麻紗子は作り笑いを浮かべて絵里子の視線に合わせて屈み、頭を撫でた。
質が良くサラサラとしている絵里子の髪が綺麗で羨んだ。
撫でられてるのに絵里子は暗い顔をして。
「………お腹すいたの?」
「ううん、そんなことないよ、ほら、遊んでおいで」
「分かった」
事情を隠し通せるか、分からないが……絵里子は千代子の元に行った。
麻紗子はほっと一安心する。
そして台所で洗い物を始めた。
冷たい井戸から汲んだ水が、ひんやりとする。
まだ暑い夏にぴったりだが。
今日は何故か………背筋が凍るくらい、冷え冷えとしていた。
.