複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝 ( No.60 )
日時: 2011/07/18 16:30
名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)

  #02 ( 雨宿りの一時 )


酷く荒々しい夕立ちだった。
少年はずぶ濡れで人々が駆け足で雨宿りしようとする光景を横目に。
独りだけ、随分ゆっくりとした足取りだった。
焼け野原と化した首都が酷く—— 痛々しい。
さらり、と突風が髪を揺らす。
顔に髪が纏わりつき、鬱陶しく感じた。
ふぅ、と少年は溜息する。

息苦しいな、と思った。夕立ちとは言えども結構な激しい突風と雨だ。
少年がずぶ濡れになるのは良くない。
途中で一人、また一人と少年に、声を掛けた。
するり、と少年は交わしながら、当てもなく進んでゆく。からころ、と下駄が鳴り響く。
髪がさらさら、………風に揺らされて、時々払いのけて、少年はその歩みを止めない。


「…………ん?」


破れた和傘を差しながら、幸い焼け落ちなかった家の玄関の前でじっと待ち続けている幼い女の子がいた。
見た目は5,6歳くらいの年齢だろう、その子は一部がずぶ濡れになっていても、じっと待ち続けていた。
誰かを待ち続けてるのだろう。
少年は気にせず通り過ぎようとしたら。
影が覆いかぶさった。そして雨の当たる感覚が消えた。

ちらり、と横を見れば女の子が濡れながら、少年に傘を差していたのだった。
少年は底冷えする涼やかな声で言った。
女の子はただ、ころころと澄んだ笑みをした。
人間とは良く分からないものだ、と少年は思うが。
せっかくの好意を無駄にするような真似はしたくないので。


「ありがとう、だけど……家にお戻り」
「いいの、絵里子。ここで待ってるの」


絵里子と名乗った少女は愛らしく首を傾げた。
にこり、と何とも言えぬ愛らしさ—— 少年には演技めいた仕草だな、としか思えないが。
しかし、こんな大雨なのに何故幼い子供を外で待たせているのか。
焼け落ちなかった家に住んでいるならば、親が………それか、この子の保護者代わりの人と居候しているはずだ。

「誰を待ってるの」
「叔母さんと静太お兄ちゃん」

舌足らずな口調で言った。
叔母という単語だけ、何処となく寂しげな調子で少年はやや気になった—— が、所詮は赤の他人だ。
一時的な会話だけで済むはず……だったが。
玄関から誰かが飛び出してきた。
自分と同い年くらいの少女だ。
少女は女の子の視線を少年に遣った。

「………寒くないの?」
「別に」

早くこの場から立ち去りたい一心だった。
人間とあまり関わりたくないのに何故か自分は良く人間と関わる羽目になってしまう。
お陰で嫌な目や時として儚さや悲しさを味わう事もある。
それなのに、偶然か故意か良く関わり合う。
好い加減、うんざりした時期でもあった。
それが重なり、知らずに苛立っている。

——— 雨は更に強く煙ったくなる。少女の髪も服装もずぶ濡れになる。
少女の雨宿りするという提案を受け入れざる負えなくなった。
自分は大丈夫でも人間は弱いのだ。
そう、まるで硝子ガラスのように、脆い。
一握りすれば、糸も容易く砕け散るように。



         ○



少年は決して中に入ろうとはしなかった。
少年は玄関の上りかまちに腰掛ける。
少年は少女に名を訊ねられた、少年は一瞬ぴくりと反応を示すが、ジュンとだけ名乗った。
ジュン、と繰り返し呟くものの、少女は自身の名を、麻紗子と言った。

麻紗子が手拭いでジュンの体を丁寧に拭く。
拭いて手拭いからの水分を絞る。
玄関の地面に、黒い染みが大きく輪となり広がった。
髪から、ぽたぽたと滴が滴り落ちてゆく。

「良かったわ、温かい……水しかないけど良いかしら?」
「別に良いよ。僕は要らない」
「そんな………寒いわよ」
「僕は寒さに慣れてるからね」

そうなの、と気掛かりな様子で引き下がった。
ジュンは下駄箱の上に置かれた活けた花や置物を見て裕福な家庭なのだと瞬時に思い浮かんだ。
どうりで口調や振舞いからして上品だと思うわけだ。
そこへ玄関の戸が開く音が。
……中に入ってきたのは上品な初老の女性と自分とは2歳くらい上の少年だった。
両腕に少量の食料品を抱えて。
多分あれは闇市から仕入れたのだろう。
国の支給品では餓死するだけだから。

「………どちら様で?」

苦々しい顔をした女性が言った。
多分この女性は絵里子たちの叔母なのだろう。
そして隣の少年が静太という少年だ。
ということは絵里子と麻紗子は姉妹、静太と絵里子の隣にいる千代子は兄妹。
ということは麻紗子たちは多分、従兄妹同士なのだろう。顔立ちも心無しか似ている。


「僕………雨宿りさせて貰っている、ジュンと申します」


礼儀正しくぺこりと頭を下げた。
叔母も礼儀正しさと格好からか、急に態度を変えて猫撫で声になる。
事なかれ主義というか世間体ばかりしか気にしないような人間だろう。
静太と呼ばれた少年がジュンを見て苦笑いする。
………親に似ず、性格は良いと瞬時に思った。

「ささ、お上がりなさいな」
「いいえ、すぐ出ていきます」
「そんなの悪いわ—— ささ、お早く」

余りにも執拗だったのでジュンは仕方なく床に上がり込んだ。
何という従兄妹たち、子供に最低でえげつない大人なんだろうな、とジュンは内心、冷笑した。
子供たちはそんな叔母を恥らしく顔をそっぽを向いてしまった。
恥知らずな人間。一番性質の悪い人間が、叔母だというわけだ。





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