複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝(獣妖記伝録より、ゲストさま出演中) ( No.61 )
日時: 2011/07/18 16:37
名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)

  #03 ( 狐二人と珍道中 )


あんなに激しかった夕立ちが止んだ。
別れを惜しむ〝岡本〟姉妹と〝西宮〟家族に別れを告げ、少年は家を出た。
からころ、と下駄が鳴る。
焼け野原で瓦礫ずくめに下駄は歩きにくいはずが、何の苦労もせず、彼は素早く歩いてみせた。
夕立ちでツルツルと滑りやすい道。
もあん、と砂埃が空中に漂う。

煙ったくて誰かが咳き込む。
男性用の和服に顔は首まである髪、前髪が結構かかっており、あまり表情は窺えない。
だが、風により、その目は澄みきった冷水のような黒紫色だった。
首からぶら下げているのはお守りかお札みたいなものが、紐で繋がれていた。
一番の特徴は、淡く輝く金色のふわふわした耳と二本の尻尾—— あれは狐だという何よりの証拠だった。
人間なら〝お稲荷様〟と親しみと尊敬を込めて崇められる……雰囲気はなく。
その男は眠たげな表情と頼りなく悪く言えば貧弱そうで舐められそうな雰囲気だった。

あれは、良く知っている狐、人間には決して見えない類稀な——— 狐。
狐は稲荷神を覗けば妖怪としてでも貧弱な動物だ。
だが狡賢く素早いので何とか絶滅せず生き延びた種族でもある。
少年はからん、とその男に近づいた。
男も下駄の音に顔を見上げたら、視線が合う。

くるり、と背を180度に回るが、すぐさま少年の驚異的な運動能力で距離が縮まった。
その狐は眠たげな表情を変わることなく、あくびをする。
その少年は呆れる素振りを見せず、無表情のまま、じっと男を見つめる。
その男はまた、あくびをした。
どれだけすれば気が済むのだろうと少年はふと、思った瞬時に男が口を開いた。

「ん〜………久しぶりだねぇ…………」

口調もやはり、頼りなさげな雰囲気を更に漂わせる。


「ああ、そうだね………彼女は?」
「彼女?」
「神麗 琶狐(こうれい わこ)だよ」
「……………ああ、彼女ならぁ…………」


そこへ怒鳴り声が突如に何処からか辺りに響いた。
というか真後ろからだんだんとその声は大きくなる。
その姿も明らかになった。
女性用の着物に巫女のような袴、頭は長い金髪でふわふわした耳。
その男は違い、一本だけしかない尻尾。
とても美しいのに、言葉遣いが最悪すぎる美女が、こちらに猛突進してくる。

少年は特に慌てる素振りを見せない。
途端に少年の目前にいた男が宙に舞った。
半径軽く100mくらいで、吹き飛ばされた。
近くの瓦礫の山に頭から突っ込む。
普通の人間なら、多分即死だろう。
女は気にすることなくジュンの目線に合わせて屈みこんだ。


「お前はジュンじゃないかっ!元気にしていたかっ!?」
「………うん」
「本当に……あたしの好みだよっ!!」


狐の女性は激しい勢いでジュンと呼ばれた少年に猛烈な怪力並みの力で抱きついた。
普通なら痛いと叫び出す程の抱きつき方だが。
少年は顔色を変えず……何処か安堵しているような雰囲気を漂わせているが、黙って女のなされるがままにされる。
女は知らないが、自分がとても美しいのに男勝りで言葉遣いからしても乱暴だからか。
さっきからジュンの周りにいた、いろんな妖怪が呆れて冷めた視線を女に送っていた。
女は全くそれらを無視してジュンに抱きつく。

そこに、ふらりと頼りない男が立ち上がった。
ガンガンと痛む体が鬱陶しく感じたが、今は目の前にいる少年の姿をした妖怪に視線を遣った。
相変わらず眠たげな表情だ、女はその男を見るやいなや。


「死んどけよ!この—— タコナスビっ!!」
「ふわぁ〜………本当に親子だねぇ」


その言葉を呟いた男に、ジュンはぴくっと—— 体を震わせて反応した。
そしてちらっと女の方を見るや『お母さん……』とだけ小さく呟く。
ジュンの言葉にまず最初に反応を見せたのは、もちろん女の方だった。


「『お母さん』だってぇ!?……何だい、あたしはジュンの母親に似てたんかい!?それは光栄なことだっ!そういえば、お前は耳と尻尾はないけど、どうしたんだい?事故か何かでないのかい?……まさか、人間にやられたんじゃあないだろうね!?—— そうだったら、殺すっ!!」


女は狐目を鋭く光らせた。相変わらずだね、とジュンは苦笑いしながら呟く。
ジュンの隣にいつの間にかいた男も、やや呆れたような表情。
女は『何だい!?こんのボケナスビ野郎!』と怒鳴り返す。
男はジュンをちらっと見てこう言った。


「むぅ………この子はあやかしだよぉ…………種族は笑般若さぁ…………」


女はちらりとジュンを見て辺り一面の建物を破壊させて人を即死させるような大きな怒鳴り声に似た絶叫をあげた。
思わず男とジュンは耳を手で塞いでその場でうずくまった。
女は大きく見開いた目でジュンの腕を鷲掴みする、痛い。


「えぇぇええっ!?———こんな、綺麗な子がかいっ!?」
「そうさぁ………笑般若族は………とても種族の絆……かなぁ?……とにかく結束力や仲間意識がぁ………強すぎる種族なんだ……下手すると、その子の種族全員が、君に……襲われてると勘違いして……殺されるかもねぇ」


女は一瞬で青ざめた。
誰だって妖怪の世界で名を知らぬ者はいない恐ろしい種族の子供なんぞを敵に回したくないものである。
ジュンは笑般若の種族では稀な男の子、しかも笑般若族は通常、生まれてから5年後には美しい娘か青年に成長したら、そのまま成長が止まり、若々しい姿のまま永劫えいごうの時を過ごすのだ。
だが、極稀に——成長が止まってしまう子もいる。
その子は永劫の時をかけてゆっくりと成長するのが、精一杯なのだ。
ただでさえ、笑般若は子供ですら、並みの妖怪で抹殺でき強い妖怪ですら、怯ませる存在。

その子がジュンだった。


「お…っ、おっかないねぇ………」
「まあ……僕たちは食事をするときと自身の命が危ないとき以外は大人しいから、それにお母さんに容姿は似てないけど、雰囲気が良く似てるから、僕は襲わないよ、……妖天ようてんもね」


妖天と呼ばれた男は相変わらず眠たげな表情に思わずジュンは溜息を零したという。
女も相変わらず妖天に容赦なく蹴り飛ばしたり、罵声を浴びさせる。
夕立ちの後の空は、不気味なほど、真っ赤な夕焼けに不気味に染まっていたという。




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