複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝(獣妖記伝録より、ゲストさま出演中) ( No.64 )
日時: 2011/07/18 16:43
名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)

  #04 ( 今宵の談話 )


元市街地のある廃屋はいおくにて小さな橙色をした光が灯っていた。
その光の中心にいるは二人の人型をした〝この世ならざる者〟だった。
一人の男はふさふさした獣の耳に、二本の尻尾。
一人の女はふさふさした耳に一本の尻尾を。
そして部屋の片隅にある一人の少年は二人みたいに耳と尻尾はなかった。
その小さな光は、どうやら男の出した—— 狐火のようだ。

「ふわぁ〜………眠たいねぇ………」
「だったら、寝てろっ!」

男の言葉に酷く乱暴な口調の琶狐わこが怒鳴った。
きりきり…と狐目が更に吊りあがる。
せっかくの美貌が台無しになる寸前、片隅にいたジュンが言葉を言った。
それは『寝よう』と。琶狐は途端に静かになる。

「うん………そーするかぁ………」
「やっぱ、殺す!——タコナスビ!」

琶狐が男—— 妖天ようてんを蹴り飛ばした、が。
ジュンがすかさず、琶狐の妖天を蹴ろうとした右足を掴み取った。
相変わらずの反射能力。
彼らとは2mも離れてたのに、一瞬でその傍に近づいてみせたのだった。
琶狐は、ちぇっ。とだけ言ってジュンは琶狐の右足を、そっと離した。

狐火を消して二人は自身の尻尾に身を包んで野宿の布団代わりにした—— が。
ジュンは何とそのまま寝るのだ。
冷たい地面を直に寝る。何の装備もナシに。
いくら妖とは言えども彼はまだ子供なのだ。
堪りかねた妖天は起き上がり。

「…………寒くないかぁ?」
「別に、今は夏だし」
「冬はぁ……どうするんだい?」
「木の上で寝る」

ジュンの壮絶な言葉に————


「……………………」
「……………………」


二人はその場で凍りついた。妖天はふぅっと溜息をした後、自身のもう片方の尻尾をジュンの体にへ巻きつけた。
というか包ませたのだった。
いざ寝ようとするが、何故か寝つけれない。
それは二人もそうだったらしく、やがて彼等は何かを話すことにした。
それも何を話せば良いのか、分からないまま。
刻々と時間が過ぎてゆく———。


「あのさ」


まず最初にジュンが口を開いた。
その言葉に耳を傾ける二人。


「何で僕が笑般若だと……分かったの?」
「ああ……」


妖天は相打ちを打った。
琶狐は何故なのかと妖天へ視線を遣った。


「ほら………大蝦蟇おおがまの時に、お前の手の爪が僅かにぃ……伸びてたんだぁ………お前の運動神経。……あれは、妖の間でも、珍しいからなぁ………それに、あの時は山奥だった。山奥であんなに運動神経の良い妖と言えば……笑般若族しかいないもんねぇ」


ジュンの目が見開いたのが、暗闇の中でも分かった。

「それにお前さん……どちらかの両親が人間だろぉ」
「……………っ!」
「図星のようだな」

ジュンは静かに目が吊り上げる—— 自分でもこんな感情を抱いたのは、初めてだった。
その為、どうしていか分からず、口から伸びてくるきばがきらり、と暗闇の中。
青白く光った。その姿を見た琶狐は。


「———ジュンっ!ど、どーしちまったんだい!?」
「どうやら、怒らせたようだなぁ………」
「……っ!——— タコナスビぃいっ!やっぱり殺してやるぅっ!」


と言いつつも、ジュンのほうに近づこうとする。


「………よさんか」


低い声で呟く妖天。だが、琶狐は無視した。
距離を縮めてジュンの頬に触れようと手を伸ばす。


「よさんかっ!」


初めて妖天が怒鳴った。同時にジュンの口から牙が引いていく。そしてまた元の無表情の顔に戻った。
琶狐は今まで見たことない妖天の様子に琶狐は怯えて、すっと手を引き返した。
ジュンはそのまま妖天の尻尾を乱暴に振り払い、部屋の片隅に引き返した。


「——— ジュン」


低く堅い声。妖天はそっとジュンの傍に近づく。
後退りされても、距離を縮めた。


「お前はぁ………両親が死んでしまったんだろぉ……」


こくん、と頷いた。目は既に涙で溢れていた。今まで無表情だった少年は涙というものが初めてで戸惑うが。
ただ………静かに泣いた。
妖天はジュンの頭を撫でる。
自身の尻尾に抱きついたジュンをおんぶする。
その時にジュンがぽつりと呟く。


「…………お母さん、お父さん」


妖天は聞かない振りをした。




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