複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝(獣妖記伝録より、ゲストさま出演中) ( No.65 )
- 日時: 2011/07/18 16:48
- 名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)
#05 ( 親無し子 )
真夜中に目が覚めた。というのも今日の昼に雨宿りした〝ジュン〟という少年の事が気になったからだ。
あの後は叔母は珍しく機嫌が良くなった。
というのも、あの少年が、目が覚めるほどの美少年だったからだ。
静太も端正な顔立ちだが、昼間の子には敵わない。
何しろ、神秘的というか謎の雰囲気が漂わせているのだ。
両親が話題に乗ったとき、僅かに動揺した気がするし、詳しくは話してくれなかった。
赤の他人だからか。
あの少年が気になり始めた。絵里子も随分とジュンに懐いていたのだ。
それも叔母に気に入られるくらい。何とかもう一度、逢いたくなった。
今度こそ、仲良くなりたかった。親が死んだ絵里子に寂しい思いをさせることがないよう。
あの子にもう一度だけ逢いたい……と強く思った。
毛布をかけ直し、寝ようとする—— 居間のほうから音が聞こえた。
「………何?」
まさか、泥棒か、と思いつつ部屋をそっと出て居間のほうへ向かった。
居間から淡い蝋燭の光が障子の僅かに開いた部分から漏れ出している、障子にぴたり、と身を寄せる。
……居間にいる人物は叔母だった。
何かぶつぶつと独り言を言っている、何を言ってるのだろう。と耳を傾けた。
「………うちはまた今月も苦しいわ……」
ああ、金の事情だ。また自分たちからの物を売り払って養うつもりなんだろう。
それか、この家の家財や着物に簪かだ。
叔母の目がきりり……と吊り上がる。
まるで鬼女めいていたので思わず、ぞっとした。
「全く私はあんなにあの人と苦労したのに、姉さんはいつも幸せで楽に暮らしている。ようやく目障りな姉さんが死んで遺産が入るかと思えば……まさか、あんなクソガキ共が生きているだなんて。これじゃあ、姉さんの遺産は絶対にあいつらの物になる。そんなことさせないわ。幸い遺産のことは、まだ子供だから、分かりゃしやしない。………絶対に遺産は渡さない。……あんな親無し子に、贅沢すぎるわ」
蝋燭に照らされた叔母が、………まるで別人のようだった。
戦争前は、ずうずうしいところもあったが、世話焼きで面倒見の良い叔母があんなことを考えていたなんて、と麻紗子は手を口に覆い被せて、言葉を失う。
この家に叔母が居候したとき、叔母はたしかに遺産はなかったと、麻紗子たちに告げていたのが、嘘だった。
「さてと、早く……」
叔母の言葉を最後まで聞かず、麻紗子は忍び足で自室へと戻っていく。
その途中で叔母の豹変と自身の目的に麻紗子は涙を隠しきれなかった。
両親が自分たちの為に遺産を残した、と母がいつの日に話してくれた。
あの遺産が、全て叔母の思う壺になってしまったのだから。
それに叔母は—— 自分たちを親無し子だと罵った。
好きで親が死んだわけではないのだ。好きで親がいないわけじゃない。
耐えがたい屈辱にグッと唇を噛み締める。
その勢いで血が唇の間から、滴り落ちて自身の拳に当たった。
隣に安らかに寝ている絵里子。
せめて絵里子だけは、—— 幸せに生きて欲しい、と願う。
自分はどうなろうとも構わないから。
○
翌朝、うっすらと目が開いた。いつの間に……自分は寝ていたようだ。
隣で絵里子が愛らしい欠伸をする声が聞こえる。
ふと、自分の拳が血で濡れてることに気付いた麻紗子は、慌てて〝それ〟を拭った。
障子の向こうから、叩く音。—— 叔母が起こす合図だ。
「はーい、叔母さん」
着替えの途中で言う。すると叩く音が止まった。
「お姉ちゃん、おはよう」
「おはよう。絵里子」
毎朝の行事、—— 絵里子の柔らかく艶やかな黒髪を撫でる。
くしゃん、と乱れるのもまた愛らしい。
絵里子は麻紗子よりも愛らしく可愛げのある女児だった。
時々麻紗子が羨むくらいの黒髪に、愛らしい笑み。
自分には親代わりでそんなものはとっくに捨てたというに。
絵里子に習わされることはあるもんだな、と思う。
「さてと、早く行こうか」
「うんっ!」
昨夜の叔母の独り言が妙に気になったが、綺麗さっぱりと忘れ去った。
遺産はもう叔母にくれてやろう。
自分たちは成人するまで養って貰うつもりなのだ。
贅沢は言ってられない。成人して立派に働いて稼ぐのだ。
そしてあの贅沢好きの叔母は遺産が残り僅かで苦しんでいようが、決して助けてなるものか。
と麻紗子は一人、誓う。
今日もまた、叔母が自分たちに対する八つ当たりを難なく交わそう。
……とこのときは何も知らず、気合いを出した自分が今は酷く恨めしいものになるとは。
誰も知らなかった。—— 叔母を除けばの話だが。
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