複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝(獣妖記伝録より、ゲストさま出演中) ( No.68 )
日時: 2011/07/18 17:00
名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)

  #06 ( 食料不足 )


麻紗子たちが台所で手伝いをするのが日課だった。
それが、今日は叔母が手伝いをしなくても良いと言われ、二人はお互いの顔を見合わせた。
いつも、自分たちを扱き使う叔母が急によそよそしくなった。
昨晩の叔母の本性を知った麻紗子は何か企んでいる、—— と見抜いた。

自分たちを殺すつもりなのか、毒物を盛られるのでは、と様々な考えが脳裏に次々と当てもなく思い浮かんでは、頭の片隅へと追いやられた。
一方の絵里子は千代子と仲良く遊んでいる。
……絵里子は何も知らないので無理はない。
縁側に淡く朝日が差し込む居間は暖かい家庭を思わせて、麻紗子は遠い昔を思い出した————




         ○




お母さん、とまだ9,10歳くらいの少女は満面の笑みでお母さんと呼んだ女性(和服を着こなして上品な雰囲気を漂わせる貴婦人とも呼べる)の元へ片手に白い可憐な一厘の花を持って駆け寄った。
まだおかっぱ髪に白いブラウス、赤い吊りスカートが、ふわりと風に踊らされた。麻紗子、と呼んだ母は美しい未亡人だった。
……父は戦地で生死不明だからだ。

妹は庭の縁側で大人しく寝ている……広い庭の片隅に母は花々に水やりをしている最中だったようだ。
水飛沫が太陽の光でキラキラと輝きを放って花々の花弁で光っている。
母はなあに、と返事した。
麻紗子は、はにかみながら、手を精一杯振り上げて目前に差し向ける—— 白い小さな花を。
母は白く陶器のような、水仕事どころか家事に縁のない長細い指で受け取った。


「綺麗なお花ね、水に挿さなきゃ………」


美しい微笑みが、そこにあった。
母はすっと……麻紗子の頭に手を置いて撫でる。
まるで猫の頭を撫でるかのように、優しく麻紗子のサラサラした髪を気持ち良さそうで母はにこり、と微笑んだ。
サラっと母の指から麻紗子の細い髪が垂れて通る。


「麻紗子の髪は綺麗ね」
「お母さんもねっ!」
「ありがとう、麻紗子」
「うんっ!」


十代前半ながら、まだ幼い子供みたいな性格の麻紗子は、良く親族から大丈夫なのかと心配されることが多い。
けど母だけは麻紗子の個性だと親族たちに諭すように返した。

—— そんな母を麻紗子は心から尊敬し始めた。


そんな折に戦争の陰が見え始めた。
父は前の戦争で生死が不明なのに、また戦争を始めるのか、と母は暗い顔で言った。
あのころはまだ家にちょくちょく遊びにきていた叔母は明るい顔ですぐに乗り越えられるわ、と慰めた。
叔母は良く自分たちにお菓子をお土産に持ってきてくれた。それは庶民的なものだったが、麻紗子たちにとっては魅力的な土産だ。


全てが幸せだった、あのころ。叔母はそのころから母の遺産を狙ってたのだろう。
母が上級の地位がある父に見惚れられて結婚したのだから。
一方の叔母は……普通の民間人だった。
母とその家に住んでいる家は、もはや屋敷と呼ぶに相応しい立派な物に対し叔母の家はそこらの家と同じ地味な民家だった。

そこから叔母は嫉妬を覚えたのだろう。分からなくもないが—— 元の性格に戻って欲しい。
こんなに好意的に母が可愛がってくれた恩を叔母は忘れとは思えない。
元に戻って、と麻紗子は心底から願う。
だが、その願いは叶うことは……なかった。
昨晩の叔母の心情で決定的だった。




         ○




食料不足なの、と叔母は暗い顔で告げた。何処となし、演技めいた仕草をする叔母に麻紗子は胡散臭さを覚えた。
叔母は悪いけど自分たちの物はもう売り払った、今度は自分たちの物を売り払うが悪くは思わないでくれ、と悲願した。
それは嘘だと分かっている。
その証拠に叔母が豹変する前、これは最高級品なの、と母に自慢した—— 櫛が手元に置いてあった。

嘘だと分かってても、身を守る為なら仕方なく麻紗子は、もちろんです。
と答えて叔母はほっと一安心した顔で感謝を述べる。
それも何処か演技めいた仕草だった。
全てが演技めいている。
胡散臭さが残る笑み。
まだ12歳でこんなに苦労する時代。
凄く憎たらしかった。それでも。


(…………絵里子だけは生きさせたい)


この世で最も血の繋がりが濃い肉親だから———










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