複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝(獣妖記伝録より、ゲストさま出演中) ( No.69 )
日時: 2011/07/18 17:10
名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)

  #07 ( 嵐の晩の再会 )


酷く荒れ狂う雷雨の夕方だなあ、と縁側の雨戸を閉め切り続けながら、少し広い庭に眼を遣った。
足元から暴風で運ばれた雨水が床を濡らす。
後でぞうきんで拭かなきゃ、と麻紗子は溜息混じりに思った。
そうしているうちに、雨水が足元に降り注ぎ慌てて全ての雨戸を閉め切った。
滑らないよう、注意深く足元に注意し、麻紗子は台所のぞうきんを取りに行く。
……ぞうきんで床を拭くが、叔母は乱雑に掃除をしたのだろう。
少し床を拭くだけで、ぞうきんの裏面が真っ黒になった。


「………叔母さん」


呆れ混じりな口調で呼んだ。叔母は台所で鼻歌を歌いながら、今日の晩御飯を作っている最中。
……今日、否。今月もまた米の少ない雑炊だ。
ますます絵里子が痩せてゆく。静太たちはそんな麻紗子たちに自分たちが叔母に与えられた食料を分けてくれる。
それでも絵里子の栄養失調になりかけていた。確実に叔母は自分たちを殺すつもりなのだ。

それを見抜いている麻紗子はどうするべきか、散々悩んでも解決策は、何一つ思い浮かばなかったのだから、苛立ちも当然、募り始めてゆく。
次第に絵里子が疎ましく思う自分がいて、自分が自分じゃない。と……苦しい状況にいた。
床を濡らした雨水の処理をしている麻紗子に、背後から叔母が現れた。
叔母は嵐が酷くなるまえに近所に届けて欲しい、と手渡された風呂敷の包みを麻紗子は渋々に受け取った。




           ○



酷すぎる、と麻紗子は愚痴を言う。既に大雨で麻紗子の差した傘では、全体を覆い被せることは困難だった。
靴やスカートのすそが濡れていて、傘があろうともずぶ濡れになることだろう。
—— 叔母に託された包みを目的の家に渡し終えたとこだった、早く帰ろうと駆けだしたとき。
どん、と何かにぶつかった。誰だろうと、顔を見上げた。

眼の前にいた人物は—— いつの日か、家に雨宿りした少年だった。
変わらない無表情のかおは、とても端正な顔立ちで見惚れさせる。
少年はゆっくり、と麻紗子に視線を遣る。
麻紗子は微笑んでみせたが、相変わらずの無反応。
内心、冷や汗が流れた。


「あら、お久しぶりね。………こんな雨の日なのに、また傘を差していないわ。もう、やあだ。……それじゃあ、家にお上がりなさいな。ずぶ濡れだと風邪をひいちゃうわよ?」


愛らしく首を傾げた麻紗子。何処か演技達者だな、とジュンは思った。
多分麻紗子を演技が達者にさせたのは、あの叔母にあることを見抜く。
依然ニコニコと笑う麻紗子が——……憐れで仕方ない。とりあえず、と。


「そうだね。……僕は親に捨てられたからね」
「え……?」


とりあえず、嘘をついた。眼を見開いた麻紗子はジュンの白い白い冷たい手を握り締めた。
痛いくらい、きつく握り締める麻紗子の行動を少し驚いたが——……決して顔に出さない、ジュンはどうしたの、と言う。
麻紗子は荒々しくもはや、語尾は叫んでるとしか思えない、言葉を叫んだ。


「あ、ああなた……捨てられた、でんしょ!?……それじゃあ、今までどうやって暮らしてきたの!?ご飯は?寝るところは?……それよりも、大丈夫なの?風邪をひかないの?それよりも、警官に捕まったりしなかった?」


まるで母親みたいだ。何処か傍観するような気持ちでジュンは思った。
目の前で焦る麻紗子をからかう趣味はない。
とりあえず、嘘をつくか。
ゆっくりと唇を動かして——……落ち着いて、と最初に発する。
疑問符を頭に浮かべた麻紗子。


「僕はそれで親族の家に住まわせてもらってるんだよ」
「え……ああ、そう……やだっ!ご、ごめんなさい!私ったら勝手に勘違いして……」


顔と頬を赤らめさせながら、恥ずかしがる麻紗子が可愛いな、と思う。
こんなに自分を心配してくれてるのは、似たような境遇だからゆえか、それとも、単なる同情か。
良く分からない。
人間とは意味不明な生き物だ、と感じた。
自分もそんな人間の血を半分流れているものの。


「それじゃあ……」


落ち着いた麻紗子が提案したのはやはり。あの時と同じ雨宿りだった。
あの狐の男女のことを思い出し断わった。あの二人はどう足掻いても、人間になれないからだ。
耳と尻尾があるからだ。
……だが、良い雨宿り先をみすみす逃す真似はしない。
そう。家の〝中〟は雨宿りしないが。




           ○




「ふ〜ん、汚い家だねぇ」
「ふわぁ……ここが人間の家かぁ………」


連れてくるんじゃなかった、とジュンは内心そう後悔した。
彼等はどうやら人間の家に興味はあるものの、本格的に泊まろうとは思わないようだ。
彼等の世界とどう違うのか、さっぱり分からないが——……彼等からしても、そうだろう。
これ以上、何も言わないことにした。

彼等がいる場所は麻紗子の家の縁側にある軒下のきしただった。
お陰で荒れ狂う雨を少しは遠のかせることが出来たが暴風で運ばれる雨水が三人をずぶ濡れにさせる。
それでも、あの廃屋よりかずっとマシだ。
軒下に座り込んだ三人は、暴風の強さとごろごろ、雷が轟く音で外が、煩かった。


「全く………何処か良い廃屋はないのかねぇ………」


妖天はこめかみを触りながら言う。琶狐は黙ってろ、と小声で言った。
こんな大嵐で怒鳴る気力も失せたのだろう。
暗闇にて長い髪が揺れる、風に遊ばれる。
妖天の髪も琶狐の髪もジュンの髪ももてあそぶ風。
中の人物は寝ているころ。
彼等は一睡もせず、ただ静かに軒下に座る。
早朝にお暇せねばならないからだ。





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