複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝(獣妖記伝録より、ゲストさま出演中) ( No.73 )
- 日時: 2011/07/17 21:46
- 名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: imShPjBL)
#09 ( お泊まり )
今月は天気が悪い日が多く今日も昨日程でないが、大雨の早朝だった。
雷でなく暴風が荒れ狂う早朝に、寝ていた麻紗子は眼が覚めてしまう。
煩いな、と文句を浮かべて、布団から起き上がった。
窓を覗くと外は風で木々の葉が舞い踊らされ、瓦礫の埃が舞い上がる。
鉄くずや紙みたいなものも、風で舞い踊らされて宙に浮かんでいた。
まるでお祭りみたいだ、と麻紗子は思った。
荒れ狂う風の音が雷とは別な不気味さで轟いている。
掛時計を見れば、まだ5時半。
隣で寝ている絵里子を見る。
安らかに寝ていた。
「本当に何も知らないんだな……」
絵里子を見るとこちらも心が休まる思いになるな、と思う。
現時点で唯一の肉親は、もはや自分と絵里子だけになったのだ。
これからは、年上の自分が絵里子を養わなければならない。
針仕事など大切なものは全て得意でそれらで生きていける自信はある。
—— 良く良く考えれば、子供だけで生きていけるわけないが。
大人ですら、不況で苦しんでいるのに、弱い子供は舐められるだけ。
いつの時代も時代の天下は大人ばかり。苦しむのは、いつも子供。
分かっていろうが、自分も所詮まだまだ幼い子供なのだ。
世の中のことは分かった振りをして、まだ分からない、弱い子供。
大人ぶるのも馬鹿馬鹿しい、と考える。
だが、子供も大人ぶらなくては、生きていけぬ時代なのだ。
—— とんとん
部屋の襖を叩く音。叩く役目は……叔母だ。
「はい」
「麻紗子さん、起きてたの?……まあ、中に入りますよ」
「はい」
叩く音に気付いた絵里子も起き上がった。愛らしい欠伸をして。
部屋に入ってきた叔母は何故か身なりを整えていた。
何事だ、と考える最中、叔母は早々に言った。
「静太と千代子を一週間、……親類の家に泊まらせようと思うのよ」
「はあ」
何とも急な話だ、と麻紗子は不審がる。
「なんせ、都会は米軍で危ないからね。……麻紗子さんたちはここに残ってちょうだいな。ここは麻紗子さんたちの家なんだから、麻紗子さんたちがいないとダメよ。とにかく後、10分で家を出るから、お留守番をよろしく頼みますよ。麻紗子さん、と絵里子さん」
引き留めても無駄だろうから、適当に分かりました、と言った麻紗子。
絵里子は千代子ちゃん、しばらく逢えないの。と叔母に訪ねれば。
叔母は一瞬、強張った表情をしたが、無表情の顔に戻って。
「ええ、そうですよ」
とだけ言った。そして早々と部屋を出て行ってしまった。
本当に急な人だと思いつつ、大急ぎで着替えた。
静太たちを見送る為だ。
着替え終えた麻紗子たちは部屋を出て廊下を駆けて玄関に向かった。
静太たちが、玄関で靴を履いている最中だった。
千代子はすぐ帰ってくるからね、と絵里子に話しかけている。
二人を余所に静太は荷物を包んだ風呂敷を持って麻紗子にこう言った。
「母さんに気をつけてね」
その言葉の真意が分かった。——— 叔母が何かを企んでるに違いない。
そう直感した。静太の心配げな眼差しにふと、気付く。
麻紗子は頬を赤らめながら、小声で、ありがとう。とささやいた。
「さあさ、もう行きますわよ。……お留守番、よろしくね」
「はい、いってらっしゃい」
「いってらっしゃあい」
絵里子の舌足らずな言葉で戸が開く。
「いってくるね、絵里子ちゃん」
「いってくるよ、麻紗子さん」
二人は姉妹に告げて戸の外側へと消えていった。
叔母がわざとらしく戸を大きな音を立てて閉めてしまう。
二人が出た途端、家の中が重苦しく、暗い空気になった気がした。
気の所為だと信じたい。麻紗子は首を左右に振った。
「……お姉ちゃん?」
はっとする。絵里子がいたのだ、そのことをすっかり、忘れていた。
麻紗子は何事もないように返事する。
「どうしたの?……何処か痛いの?大丈夫、お姉ちゃん」
澄んだ目が麻紗子に迫る。
「大丈夫。何でもないよ……それより、朝ご飯にしようっか」
「うんっ!」
絵里子はささっと居間へと駆け抜けた。
緊張で溜まった息を重々しく吐きだした。
気を緩んではいけない、と改めて気を引き締め直す。
台所がある居間に向かう途中、もう一度、玄関を振り向いた。
やはり……嫌な予感がしてならなかった。
気の所為。そう信じたいが、……胸騒ぎが治まることはなかった。
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