複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝(獣妖記伝録より、ゲストさま出演中) ( No.79 )
日時: 2011/07/18 21:06
名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)

  #10 ( 冷たい眠り )


居間に行けば、既に朝食が用意されていた。おにぎりとお味噌汁。
薬味皿には、数枚の黄色いたくわん。
久しぶりのまともな朝食にすっかり、絵里子は心を奪われてしまった。
不審がる麻紗子に早くと急かすので麻紗子は渋々、食べることにした。
いずれにしろ、食べるが。
叔母の作った少し冷めた味噌汁は生温かさながら、美味。
おにぎりも丁度良く塩味が効いている。
これまで余り物を食べてこられなかった絵里子は美味しそうに頬張る。


「美味しいぃ……」
「絵里子、食べ終えたら、お台所に片付ける………?んん………っ」


ぐらり、と視界が歪んだ。立ち上がろうとした身体を再び座り込んだ。
手を頭に押さえて、くらくらとする眼を閉じてもう一度、開けてみるも、無駄だった。
ぐらぐら、と視界が歪んだまま、急に眠気が自分に襲いかかってきた。
ふと、絵里子のほうを見ると、絵里子は既にぐったりと倒れていた。


「………え……り、…………こっ………!」


そこで視界が真っ暗になった。最後に見た視界は食べかけたおにぎり。
絵里子に手を差し伸べようとした腕は、虚しく空振りした。
くらくら。くらくら。頭が鈍痛するくらい、歪みきった視界が余計に、麻紗子を眠りにつかせる要因だった。
二人ともが倒れ、静まり返った居間。そこへ……廊下に通じる襖が開いた。
入ってきたのは叔母——— 優子だった。


「やっと……眠ったわね」


酷く感情のない声だった。麻紗子たちを眺める眼差しは嫌悪を、その眼は隠しきれてなかった。
優子は麻紗子たちを抱きかかえると、縁側に出て庭の隅にある蔵へと向かった。
そして蔵のなかに放り込んだ。かなり雑に入れても、何の反応無し。
むしろ、ぐったりとさえしていた。優子は無情に蔵に鍵をかけて閉めた。



              ○



気持ち良い程の青空、その代わり、ジリジリとはだを焼くような暑さだった。
洗濯物を干すには、最適な天気。輝く太陽の光が眩しく優子は手を止めて、両手で光をかざした。
隅にある蔵から、音がした。中にいる麻紗子が開けてと必死に叫んでいた。
優子は気にせず、淡々と洗濯物を干し続ける。
蔵の中は案外、涼しいのだが、暗いので怖くなったのだろう。
絵里子の泣き叫ぶ声で苛立った優子は早々と洗濯物を干し終えてしまう。
そして逃げるように、縁側へ入ってしまった。
その間も、麻紗子の必死に助けを求める声が止むことはなかった。



           ○


また小雨ながら、雨が降った。もうすぐで真夜中になる時刻だった。
優子は和傘を差しながら、庭の隅にある蔵へ足を運んだ。
堅く閉ざされていた鍵を開けた。途端にすぐさま扉が開かれる。
覚束ない足取りの麻紗子が飛び出てきた。後から弱り切った絵里子がふらふら、と出てくる。
麻紗子は自分たちの目の前にいる、優子のほうを顔を見上げた。二人を見るには、酷く冷えた眼差し。
麻紗子の鋭く鋭利な包丁のように尖った視線が優子に降り注がれる。
それでも、優子はビクともしない。
やがて暗闇と混ざり合い、消えるかのような声で、優子がこう言った。


「今から城塚山に行きますからね、だからこんなところで油を売ってないで早く身支度を済ましてくださいな。本当にちゃんとしっかりしてくださいよ、麻紗子さん。それに絵里子さんも何ですか。何でこんなところにふざけているんです?……私はもう、家出したかと思いましたよ、さあさ。分かったなら早く着替えてください。寝間着のままだなんて、本当にいやあねぇ。そんな恰好で……城塚山に行くつもりなんですの?私は今晩、城塚山に行って夜にしか生えない山菜を採るから、と…言っていたはずですよ。まあ…良いわ、とにかく早く蔵から出て行きなさいっ!」


今まで見た事が無い叔母の真剣で非情な眼差しと表情。思わず怯んだ麻紗子を見て優子は内心、己に陶然とうぜんした。
が、すぐに冷酷な表情を無表情に変えて、さっさと縁側に上がり込んでしまった。
唖然とする二人は、すぐさま……訳も分からず、縁側に上がり込んで、大急ぎで普段着に着替えた。
その間ずっと絵里子は怯えていた。麻紗子は不審を遂に不安に変えた。
今から自分たちは何をされるのだろう。—— 分からないが、今朝の不安が実現してしまったのだ。


「おねえ……ちゃあん」
「絵里子。大丈夫、お姉ちゃんが守るからね」


そう、慰めるしか出来なかった。







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