複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝(獣妖記伝録より、ゲストさま出演中) ( No.80 )
- 日時: 2011/07/20 16:49
- 名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)
#11 ( 真夜中の登山 )
城塚山は何度も登ったことがあるが、真夜中に登るのは初めてだった。
優子は先にどんどんと進んでゆく。
その足取りを追うのに必死だった、お陰で元来た道が分からないことに気付いた。
本格的に二人は恐怖で身が凍る思いだった。絵里子は麻紗子のスカートの裾を握り締めていた。
そうしている内に叔母はどんどんと先に進んでいってしまう。
慌てて二人は追いかけた。険しく足場の悪い山道で進み辛かった。
そうして、ピタリ。と叔母が立ち止まった。二人も転びそうになるものの、立ち止まる。
叔母は後ろに振り向いた。
今更ながら、足場が極端に悪く、草花たちが太股に届いていた。
「あのね、今ね、日本は戦争に負けてね、それはもうね、貧しいのね。だけどね、あんたらの母親で私の姉さんのお婿さんがね、残した遺産さえ手に入れられればね、うちわね、贅沢の限りを尽くせるのよ。貧しくてろくに静太たちに玩具でさえ、買ってやれないこともないの。でもね。その遺産が手に入らないのはね。………おまえらが」
己の水仕事に慣れた指を撫でて、語尾の方で口調が変わった。それは—— 酷く恨めしい声。
優子は着物の袖を力強く振り絞って、優子は眼を吊り上げ、叫んだ。
「おまえらさえ、いなければね—— 私たちは幸せに暮らせるはずだったのに!なのに、静太に色目を使って、本当に厭らしい子供だわ!何であの空襲のとき、死ななかったの!あのとき、姉さんが逃げ出せないように西洋の扉だったけど細工したのに!あの馬鹿女が死んだ時は、やっと私等に運の尽きが回ってきたと思ったのに……おまえらさえ、あの時、警官に見つからなければ!おまえらの所為で私の人生がめちゃめちゃになりかねない方法をするしかないのよぉ、今はもうっ!」
涙で顔がぐちゃぐちゃになった優子は、取りだした手拭いで顔を拭いた。
ふう、とこの場に似合わぬ、一息を吐いたあと、乱れた髪を整えて二人を見た。
それは、真実の告白をしたとは思えない、酷く冷酷な眼差しだった。
懐に手を突っ込んで……取り出した物は、切れ味の良いと評判の包丁だった。
「お願いだから」
急に冷静になった声。余りの出来事に硬直した二人に近づきながら。
「死んでくれないかしら?」
麻紗子でなく—— 絵里子の肩を鷲掴みした。
その時、初めて麻紗子は我に返って優子の手を振り払おうとするも。
優子は自分のほうへと引き寄せて、鋭すぎる包丁を絵里子の体に、鈍い音と同時に突き刺した。
すぐさま、絵里子から包丁を引き抜いたさい、絵里子の返り血で麻紗子の頬につく。
叔母はすぐさま、茫然としている麻紗子の胸に—— 突き刺した。
鈍く聞き慣れない音と共に激痛が走った。
その場で倒れ込んだ。必死に這いずりながら絵里子の元へ行くものの。
優子は絵里子の体を馬乗りして、何度も何度も、柔らかな身体を冷たい生臭い鉄の匂いをさせた包丁で貫いた。
「……………やぁ………」
精一杯に振り絞った声が優子の耳に届くことはなかった。
叔母は何度も何度も狂ったように絵里子の体を包丁で突き刺していく。
絵里子は最初は泣き叫んだが、……だんだんとその声が掠れる。
最後には、何も発することをしなくなった。
大量失血で意識がぼやつきながらも、麻紗子は絵里子が殺されたのを、
しっかりとその頭に覚えた。
壊れた人形めいた妹が、微塵も動かない。
差し伸ばした手は、叔母の優子によって振り払われる。
既に整え直した髪が、乱れ切っていて、山姥を連想させた。
小さいころ、母親のおとぎ話を聞いた時の、山姥と同じに見える。
やけに不気味な、乾いた唇を笑みの形に歪ませて。
「これでようやく………私たちは幸せになれるのね」
大いに振り上げた包丁が、麻紗子の腹へと貫き通した。
○
暗いながらも、自分の紅い紅い血飛沫が、禍々しく辺り一面に噴射した。
生温かい血が、自身の体から、体温を奪い取りつつ、流れていく。
自分たちを殺した犯人の叔母はもう既にこの場から居なくなっていた。
辛うじて右手だけは動かせた。
それを精一杯、痛みに耐えながら、振り上げる。
腕から血が、伝い流れた。腕がふらつく。
自分たちの血を洗い流すかのように雨が、小雨から大雨へと変わった。
傍にいる妹は、既に息絶えている。
半年前に、こうして母は何も知らず、叔母に殺されてしまったのか。
そう思うと、悔しさで何とも言えない感情が込み上げてきた。
守ると誓ったのに。と麻紗子は声ならぬ声で言った。
妹を守るはずが、逆に何もできず、—— 死んでしまった。
絵里子だけでも、生きて欲しかった。
麻紗子は涙を流す。母親が死んで以来、初めてとなる涙だった。
涙が雨と混ざり合い、泣いてるのかさえ、分からないだろう。
だんだんと意識が遠のいて、最後に発した言葉は。
「……っ………」
絵里子、と言おうとするも、直前に息絶えた。享年12歳という若さで。
麻紗子は数奇で弄ばれた人生に幕を閉じた。
それでも、雨は降り続ける。
二人の体が、死んだ後も、雨により冷え続けていった。
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