複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝(獣妖記伝録より、ゲストさま出演中) ( No.86 )
日時: 2011/07/19 18:29
名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)

  #12 ( 殺意 )


やっとあの二人を殺せたわ、と優子は土砂降りの雨の中、雨水を存分に浴びたまま、山道を下る途中で言った。
冷たい雨の滴が、頭はもちろん。首筋や肩から全身へと伝っていく。
安物ながら、着物が台無しになったが、すぐ手に入る遺産を思えば大して気にしない。
子供たちから、大いに怪しまれてあの二人が殺されたといずれは知る、余計に怪しまれよう。
それでも、玩具やお菓子など、子供の好きな誘惑に彼らが落ちるまで待てば良い話。それも気にしなかった。
今夜は人生最高の晩だわ、と優子は心身共に酔いしれていた。危険な大罪。
それさえも、遺産が手に入るとなれば、全てを忘れ去れよう。
人目がはばかっている街なのだ、雨となれば、全く無いに等しい。
これから、あの二人が山中に死んだ理由をどうするべきか、考えなくてはならない。
家出だと今頃、自分や街中が大騒ぎしているころだから、無駄となる。
では、どうするべきか?
偽の証言をするしかない、と優子は判断し、深い溜息を零す。
凶器の包丁は後で丹念に洗わう必要がある。
いろいろと面倒だ。………全てあの二人の所為だ、と毒吐いた。



           ○



数日後に死んだ二人が発見された。当然優子はそのころだと二人が行方不明で悲劇の人物を演じており、誰も疑わなかった。全て丹念に計算された優子の演技と狂言で。
二人の葬式のとき、大勢の人々が集まり、彼女を慰め、二人の死を嘆き悲しんで優子の思う壺にはまった。
一応、二人が死んだ理由は……優子自身も分からないということで不明のままで捜査は打ち切られた。
ただ、静太と千代子はいつまでも反発して、優子に逆らってきた。
それでも、人々はあらぬ事実を信じる、親不孝な子供だと信じて疑わない。
だけども、まもなく遺産が手に入って静太たちに玩具やお菓子など沢山欲しかったものを与えれば、大人しくなった。
今はすっかり、二人の影響はあるもの、思い出すことをしなくなった。


「ごちそうさまぁ」
「ごちそうさま、お母さん」


手を合わせ、満腹と言い、腹をさする所作を見て、優子はよろこびを感じた。
食べ終えたお茶碗やお椀を片付けて台所に入る。洗い物をしながらも、あることを考えた。
遺産が使い切ることはないだろうか。………苦労することは嫌だった。
子供たちが貧しくて、ひもじい思いをさせるのも、全て嫌なのだ。
せっかく裕福になりつつあるのに、元の貧しい生活を思いをするのは、とても耐えきれない。
グシャッ、とまだ高級品の玉子のからを握り潰した。
お金が足りない。
足りないならば、奪い取れば良い。今は弱肉強食の時代なのだから。
となれば、金持ちの家からふんだんに金品を奪い取れば良いと感ずる。
警察とお縄になれば全ての無駄だが—— 今の時代はまだ瓦礫が埋もれ、無人の家が多い。
そこで金物になりそうなのを盗めば良いのだ。
人がいる家があるならば、主に老人を狙って殺して奪い取ってしまえ。
包丁をぐっと握り締める。
あの二人を何度も刺して息絶えるまで刺して殺した包丁。
良く研げば、鋭く尖って人を殺してくれる、大事な大事な包丁。
姉から結婚祝いに送られた、——— 外国産の高級品。

「………そうよ」

盗んだ金が金の負担になるのは、……やはり、子供たちだった。
台所から居間にいる静太たちに視線を遣る。
何も知らず、無邪気に遊ぶ兄妹。
馬鹿な子たち。と優子は内心嘲笑った。
今殺せば、確実に疑われる。
時期を狙って事故死に見せかけ、それまでは辛抱だ。—— 決意した。
必ず静太と千代子を殺す、と。
身勝手な理由でまた、罪無き二人の実子を殺そうとしている鬼母が、一人。
窓から、激しい夕立ちでごろごろ。と雷が轟いた。




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