複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝(獣妖記伝録より、ゲストさま出演中) ( No.87 )
- 日時: 2011/07/19 20:58
- 名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)
#13 ( 孤独 )
真夜中の午前零時。沈んだ街を思わせるくらい、深閑で静まり返った街。
人影や小さな音とて聞こえぬような、閑静な空気だった。
その空気を切り裂く足音がひとつ。
結い上げた髪の残りがうなじに絡んで散らばり、乱れた髪をした初老の女が夜道に歩いていた。
手に持つのは—— 包丁。ほんの僅かな光さえない真夜中の街で包丁の禍々しい光がきらり、と放った。
警官すら、この街には見回りにくることは殆どない治安の良い街だった。
だが—— ある二人の姉妹が殺された事件で街に不穏な空気が漂い始めているが。
それを警戒してか、人々は全く夜間を外出しなくなった……という。
そこに眼をつけた女、優子は先程たった今、ある華族の家に忍び込み、金品を盗んだところだった。
「……良い、懐中時計だわ」
月光にきらり、と光った金色の懐中時計。ある華族が戦後に落ち破れるのは当たり前の時代。
そこへ、優子がなにか代々伝わる秘宝があるに違いないとして忍び込めば、あった。この懐中時計が。
どうせ、すぐ売り払うけれど、警官にばれたら意味がない。
闇市を出向くときにでも、売り払えば良い話—— 闇市は滅ばない。
いくら、国が警官たちが取り締まろうとも、しきれぬ不滅の市なのだから。
素早く家に帰宅する途中の優子の背後から、差し伸びる——— 人影。
その影はやけに小さい。まるで子供みたいだ。
廃屋の影に隠れ、優子を伺うのは一人の少年だった。
少年の後ろに、耳と尻尾を持った二人の男女の獣人も。
遠のいてゆく女の姿が完全に消えたころ、男が言った。
「………あの様子だとぉ………人を殺しかねないなぁ………」
「じゃあ、どうするんだい!」
怒鳴りかけた声を落ち着かせ、小声で言った女。
「落ち着けぇ……琶狐、我に……策があるさぁ………」
「策?」
オウム返しする。妖天は琶狐を見て、眠たげな表情でこう言った。
「殺人はぁ………殺人で返す」
「なるほど」
にやり、と笑った琶狐。二人の会話を黙って聞いていた少年はただ無表情で優子の消えた道を見つめた。
○
翌朝。怠い気分を抱えたまま、優子は寝室で着物へと着替えた。
妙な倦怠感に違和感を覚えつつ、優子は寝室を出る為、襖に手を触れた瞬間、頭に激痛が走った。
「………う、うぁっ!?」
頭を両手で押さえながら、その場に蹲った。古くなった畳の上で寝転がり、激しい頭痛で呻く。
余りの痛さに、気が狂わんばかりの呻き声をあげ、あちこちへと転がって痛みを抑えようとするも、効果なし。
助けを求めようと、立ち上がった。
ふらめく覚束ない足取りで、ようやく襖に手を触れ、思いっきり開けた。
途端、激しい頭痛が嘘のように引いた。
訳が分からないが、頭痛が引いたことに一安心した優子は廊下を歩く。
妙に肌寒く感じた。
違和感を覚えたが、気の所為だと無理に思考を振り払い、静太たちが寝ているであろう、部屋を開けた。
「………静太っ!……千代子っ!」
部屋に誰もいなかった。つまり、無人状態。予想外の出来事に言葉を失った優子は、へなへなとその場に座り込んだ。
部屋に引かれた布団は寝た後がない。綺麗に引かれたままだった。
優子は驚愕を隠しきれなていない眼をし、覚束なく立ち上がる。
急いで部屋中の部屋を調べ、最後に居間へと向かった。
誰でもいいから、一人でもいて。と必死に願いながら、居間の襖を思いっきり開けた。
居間も誰一人いなかった。
ただ、いつもの日常が繰り広げられている後しか残っていない。
「………うそ、でしょ………」
驚いた優子は、ただ立ち竦んだ。そうしている内に日光が居間の窓から淡く輝いて差す。
明るくなった居間は、優子を除いて誰一人いなかった。
家のなかに、優子一人だけ。
妙に静まり返って深閑な空気が、じわじわと支配し始めた。
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