複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝(獣妖記伝録より、ゲストさま出演中) ( No.88 )
日時: 2011/07/19 23:00
名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)

  #14 ( 墓場 )


しばらくして優子はふらりと覚束なくぷるぷると震えて立ち上がった。
とにかく探しに行かなくては、と居間を出て行こうとした時。
ふと、……匂いが鼻をついた。それはどうやら縁側のほうからだった。
何事だろうと、縁側のほうを振り向いたら。
絶叫。小さくこじんまりとしていても四季折々の花々を色鮮やかに咲かしていた庭が——— 墓場に変わっていた。
匂いの元は、何処かの墓に供えられていた線香。

「ひっ……いやあああっ!」

ぺたんと床に座り込んだ。ずるずる、と床を這いずって後退りする。
余りの奇怪な出来事に、言葉を失った。声を振り絞っても出せなかった。
恐怖で身を砕く思いを抱いて優子は半狂乱で居間の外へと出ようとしたが、すぐ、真後ろに誰かが居た。


「あ……あああんた」


黒紫色の目をした耳に淡く輝いている耳と二本の尻尾。—— 狐を連想させた。
男性用の着物を着流し、その表情は厳しく凛々しい顔付きだった。
見た目は完全に人だが、その耳と尻尾で全てを覆してしまっていた。
隣にいる女も巫女のような袴に、女性用の着物を優雅に着流しており、長い金髪で頭に耳があるが、一本の尻尾。
こちらも、狐を連想させた。—— 淡く輝く金色で目がくらんだ。
そしてその男女の真ん中にいるのが、いつの日か雨宿りした美少年。
片目の紅い目が、不気味に冴えていた。
かこん、と下駄が小気味良く鳴る。家に下駄を脱がずに上がってきたのだと今更、分かった。


「ば、ばば……」
「化け物だよ」

かろん、と小気味に鳴り、優子に少年が近付いた。後退りしようとするも、その腕をつかんだ。
かなり冷えており、体温の低い子供だと思った。
優子は恐怖心で身が凍る思いで、身体が鉄のように硬直した。
逃げようと思い、逃げたくとても、しっかりと力強くその腕がつかまれていた。
優子を身をよじって振り払おうとするが、—— 振りきれない。
しぶとく抵抗する優子に業を煮やしたのか、ジュンは優子を蹴飛ばす。
勢い良く障子のところまで吹き飛び、けたたましい音と共にぶつかる。
痛みにむせる優子を見下ろすように、立ち下ろすジュンと狐の男女。

「あんた……自分のした罪をぉ……後悔しないのかぁ?」

男の言った言葉に、優子は威勢良く何を言ってるのよ、と叫んだ。少年に妖天と呼ばれた男は呆れた表情を見せる。
そして妖天の隣にいた女、琶狐と呼ばれた女が張り裂けんばかりに言った。


「お前なあ、まだ分からないのかい!?……お前は麻紗子と絵里子を殺したんだろっ!自分が姉と違って民間人と結婚して戦争で貧しくなって、それでも姉が金持ちだったからって!お前は姉妹を殺したんだろぉっ!なあ—— お前は身勝手に罪を犯したんだよなぁ」


思い出したくない記憶が蘇る。あの二人を殺した時、甲高い泣き叫ぶ声と最期に息絶える掠れた息。
苦しげに眉間に皺を寄せた麻紗子が絵里子に手を差し伸ばそうとして、瞬時に振り払ったときのこと。
全て全て脳裏に思い浮かんできて、混乱させた。
あああああッ、と絶叫に近い声で頭を押さえつけた優子は転げ回った。
冷たい畳の床が、ひんやりとして、不気味さを更に煽った。
そんな〝人間〟を冷めきった眼差しで見下ろす〝化け物〟一人と〝狐〟二人。

再度の絶叫が部屋中に響き渡った。






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