複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝(獣妖記伝録より、ゲストさま出演中) ( No.89 )
- 日時: 2011/07/20 18:01
- 名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)
#15 ( いつもの日常 )
「あああああああっ…!」
頭をがりがり、と掻き毟る女が、逆に、憐れに思う有様。
けども、殺された〝子供〟のことを思えば—— 赦せるはずがない。
身勝手に殺したのだ。手を血で染めて笑う女を誰が、同情するものか。
大罪を犯して、自分が幸せになれるのは、たった一時だけ。
短い、人の生命は短い。だからこそ、長く生きる〝彼等〟からすれば、一時。
目の前に悶える女が、猿芝居めいている。
「……とにかく」
妖天は小さく言った。優子は掻き毟る手を止め、後の二人も見つめた。
彼は二人を目もくれず、優子を見て。
「あんたは……もう、罪を犯さないことだなぁ」
とだけ言うと、くるりと優子から背を向けた。途端、優子は目眩を覚えた。
ぐにゃぐにゃ、と歪んで溶けているようにも見える視界で意識もだんだんとぼやけていく。
床に這いずってた優子は、頭を押さえ、胸から吐き気が込み上げてきた。
意識が手放す寸前、あの二人は——— 視界から消えていた。
○
目が眩しく感じる。うっすらと目を開けたら……窓から日光が差し、部屋全体が明るくなっていた。
軽くなった身体で起き上がる。雀の愛らしい鳴き声が聞こえてもきた。
布団を払いのけ、立ち上がった。——— 爽快感がぐっと押し寄せた。
身体全体が、健康そのもの。……あの三人は夢だったか。
なんとも悪夢を見たもんだ、と今思い出すだけで、身の毛もよだつ。ぞっとした。
罪を犯さないこと。
そんなの知るか、弱肉強食の世界で罪など存在するものか。——………ふと、ある違和感を覚えた。
なにか、大事なことを忘れている気がしてならない。そう〝何か〟を。
記憶力は良い方である、自分も、もう年の衰えが…と諦めついた思いで布団をたたんで、押入れにしまい込む。
「………変ねぇ、何にもないのに」
頭を片手で突いた。何の変哲もない身体、至って普通の健康体。
何処も、可笑しいところはない。
ただの気の所為だ、と可笑しさで小声で笑いながら、寝室を出た。
廊下も至って普通の廊下。
ただ、少し肌寒く感じるのは、日蔭の所為だからか。
廊下を渡り切り、居間へ入った。居間も至って普通の居間だった。
縁側の雨戸から、淡い朝日の日光が隙間から差し込んでて、明るい。
「さてと、朝食を作らなきゃ」
台所に行って、保存の効く食材で質素な朝食を作り終えた。
卓袱台で置き並べる。
いつもの日常だ、いつも通りと痛感する。
先程の悪夢がどうやら、まだ抜き切れていないようで顔を顰めた。
思い出すだけで、おぞましい。
鳥肌が立ち、優子は整えてなかった髪を結い直した。
「………やだ、お米を炊いてなかったわ!」
大慌てで台所の水に浸してある米を鍋に入れ、火を燈した。
ふぅふぅ、と竹筒で火を燃え上がらせる。
自分としたことが、典型的な過ちを犯してしまうところだった。
「…………過ち?」
過ちという言葉に反応した。何か、忘れている。確実に—— 何かを。
何を忘れているというのだ、自分は何もしていない。
あの二人を殺したことは過ちでもなんでもない。
ただ生き延びる為だ。
老夫婦の家に、深夜の時間帯に忍び込んで金品を奪ったことも。
何が、過ちだ。そんなの知らない。
気の所為だと考え込む前、……静太たちのことを思い出した。
「……起こさなきゃっ!」
ばたばたと廊下を駆けだした、が不意に立ち止まる。
何かの過ち。
そして今頃は起きているはずの静太と千代子がまだ寝ていること。
ひっかかる点は幾らでもあった。
だが。——………それを考えている暇はない。
今は学校に遅刻してしまう、二人の為に部屋へと向かうのだ。
部屋に着いた優子が、部屋の襖に手を触れた瞬間。
大きく目が開くは開く。見開いた。
そして体が異常に、わなわなと震えだした。
「い………いい、いやああああああああっ!」
女は絶叫を上げた。
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