複雑・ファジー小説

Re: 妖異伝(獣妖記伝録より、ゲストさま出演中) ( No.90 )
日時: 2011/07/20 22:44
名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)

  #16 ( 壊れた玩具 )


広くも狭くもない、普通の部屋に横たわる……静太と千代子。
畳の上にだらん、としていた。ぴくりとも微塵も何一つ動かなかった。
それどころか、畳は紅く生臭く—— 鉄に似た海が一面に広がってる。
千代子の目が見開いたまま、動かない、それは………人形めいていた。
実際、この二人は既に死人だった。
胸や腹など色んな箇所を切られて、血が止め処なく流れ切ってた。
傍らに……優子が最初に買い与えた、小さなお手玉と木馬もくば
それらも、赤く変色して、染まった。

「ひぃぃ……っ……うぅっ!」

込み上げた吐き気を抑えながら、優子はぺたんと床に崩れ込んだ。
人形に良く似た二人をただただ、怯えながら見つめる。
震えて言うことを利かない、自分の両手を目前に上げて、見つめだす。
何も汚れてない、水仕事に慣れた、カサカサの手。
姉のように、白く陶器のようでサラサラな手ではない、主婦の手だ。

ガシャン。

何かが、壊れた音。良く見れば静太の傍らにあった木馬の右足が壊れていて、途端に支えを失った木馬は倒れ込む。
自分が、ろくに玩具を買ってられなかった詫びとしてご褒美としてあげた、静太が喜んで大事にしていた……木馬。
その木馬があっけなく壊れた。

「い…いやああ!……静太ぁあ!千代子!」

両手を床につけ、這いずりながら、優子は二人の兄妹が死んだ部屋に入ろうとする。
四つん這いになって、這い上がる。手を差し伸ばした先に—— 二人を触れられることはなかった。




            ○




「お前のした罪を……思い出したかぁ?」


聞き覚えある声だった。後ろを振り向くもいない。横を振り向いたら、いた。
狐の耳と尻尾を持った—— 人なざるものが。
その手に抱えられているのは、自分が買い与えた、お手玉と木馬の玩具。
脇に金髪の女と雨宿りした美少年もいる。

「…………夢?」
「夢じゃあないね」

女の疑問に少年がすぐさま否定した。女の目が見開く。虚ろな目は、液体が溜まり始めた。
溢れんばかりに溜まって溢れだした。……止め処なく流れ落ちてゆく。
二人が死んだとき、流れた血のように。
それから、両手を振り上げ、女は何度目かの絶叫を上げる。
床を叩く。狂って何度も何度も、床を強く叩きだした。
握り締められた拳に、血がにじむ。

「嘘よ!嘘、嘘、嘘、嘘、嘘…!」
「嘘じゃないって言ってるだろ!—— こんの、馬鹿女っ!」

琶狐の罵声を浴びた。優子は振り乱れた前髪が顔に纏わりつくのを構わず、目が狐に似て吊り上がる。
振り解かれた前髪で顔の表情が分かり辛いが—— 鬼の形相で琶狐たちを睨んだ。
妖天はこめかみを当てながら、女を見る。
酷く冷たい眼差しだった。
目から零れる涙が、その血走った目で台無しだ。
その乾いた唇から、溢れだす、言葉。

「お前ら……が、静太たちを殺したのね?」
「違う……」

妖天は冷めた眼差しで否定した。—— が女は食らいつく。

「お前らしか、いないわ!こんな残忍な真似をするのは!見るからに化け物でしょう!あんたたちは化け物で人の心をしらない、えげつない化け物よ!良くも良くも……あたしの可愛い子供たちを殺したわねぇっ!!」

狂わんばかりの——— 恨みの声。怒りに狂った女が、禍々しくさせた。
それでも、三人は冷めた表情を変えない。
妖天のかいなから、ぽろっと木馬とお手玉が落ちた。

「ああっ!」

優子の悲痛な声は無情に、木馬は完全に四足を奪われ、崩れ落ちた。
尻尾の部分も欠けてガラクタとなり、お手玉は中身の粒が零れ落ちて、ガラクタへと変わった。
優子は半狂乱になりながら、床に落ちた玩具をかき集めて両腕に巣を守る親鳥みたいに、抱き込んだ。
ぎらぎら、と獣のようで鋭角的な目。吊り上がった目と似合う目。
恐ろしい程の鬼女めいており、見る者を狂気で震え上がらせる目だった。

「………ざけないで」
「ふざけてるのはぁ……お前さんだ」

妖天に言われ、疑問が浮かんだとき——— 少年と目が合った。
その目は、二人と同じ冷たい、心を突き刺す眼差し。





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