複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝(獣妖記伝録より、ゲストさま出演中) ( No.92 )
- 日時: 2011/07/21 22:21
- 名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)
#18 ( 死をもっての償い )
「あんたは自分勝手な嫉妬心や浅ましい欲望の所為でまずは姪の姉妹が死んだ。次に金が欲しくなって金がかかるという、実の子供も、二人を、あんたが殺したんだ。それに、あんたが売り払った、あの金色の懐中時計も、あの夫婦が結婚したときに、両家の親がお祝いとして贈った物だ」
口籠った。何にも言いだせない優子の目がだんだんと白目となって剥く。
自分と比べれば、明らかに小柄で、子供のはずの少年は、持ち上げた。背を伸ばし、爪先で立って。
優子が蹴飛ばそうとするも、琶狐が阻止し、逆に——……もぎ取られた。
再び、絶叫が廊下で響き渡ることはなかった。
「あんたは……殺したんだよ、自分の子供も、姪も、……そしてあの老夫婦も」
絶句する。だらだら、と少年の腕は、優子の血が伝ってジュンの腕を濡らした。
それを構わないで、ぐっと握り締めた。声も掠れて出ないようだ。
「それでは——— 死ね」
少年が言った同時に、周りから立ち込めるもの……それは、炎だった。それは紅くなく青白い炎。
その炎は、やがて少年でなく——— 優子に包み込んだ。
渦に取りこまれた女は、二人の子供と同じく悶え苦しんで、身を屈んで小柄となる、優子。
その炎の中心に立つ優子の前に立っているのは……妖天だったという。
彼の神々しい尻尾を同時に振って、揺らす。
その瞬間。炎が激しく燃え広がった。
「………地獄に通じる………炎だぁ………自分の犯した罪を、死をもって償うんだねぇ…………」
黒い影は何も言わず、炎と共に消え去った。残ったのは、未だ泣き叫んで半狂乱に暴れる、二人……四人の子供たち。
廊下の壁を、かりかりと掻き毟り、叩く、髪を振り乱して、泣いて、叫んで、絶叫と悲痛に満ちた悲鳴を上げ続ける。
麻紗子が妖天の脇にいた、ジュンの頬を平手打ちした。
それどころか、麻紗子の細い、腕を掴み取る。
「落ち着きなよ、お母さんを殺めてはいけない。僕たちが代わりにしてあげたのに。何でそんなに怒ってるんだい、ここにいてはいけないんだよ。ほら、早くお逝きなさい」
玄関の戸へと指差した。けれども、泣き喚いて言うことを聞かない四人。
痺れを切らした妖天が、乱暴だが、静太と千代子の首元を両手でつかんで、持ち上げる。
琶狐は絵里子を抱きあげた。
—— 離して!
麻紗子が言うものの、三人は無言で玄関から家を出る。四人の視界に映ったのは—— 曙光。
曙光が四人の姿を照らしだし、四人の魂から湧き出ていた黒い影—— 瘴気を取り除く。
だんだん、と生前の愛らしい、または平凡な姿にへと変わってゆく。
そして、生前の姿に戻った。
「可愛くなったじゃないか!」
琶狐に褒められた四人は、表情を悲しげのままで変えない。
何にも、話したがらない四人の頭をそっと、穏やかで優しく撫でた。
妖天に罵声を浴びせる、普段の琶狐と違った。優しい女性だ。
「君たちはぁ………何にも悪くなかったんだ、だから……お逝き」
と諭されても、四人はじっとその場に居座ったまま。
琶狐に隠れるように、後ろで様子を窺ってたジュンは、四人の前に出る。
かこん、と下駄がひとつ、鳴った。
「自縛霊になりたいの?」
ううん、と四人は一斉に首を振った。それなら…と言いかけたところ。
麻紗子が、小さく呟いた。
「私たち……叔母さんに殺されたのが、悔しいのっ……!絵里子を、妹を守ると誓ったのにっ…!」
唇を噛み締め、涙目になりつつある麻紗子。対して千代子が言った。
「わたしたちも……玩具やお菓子に惑わされてっ!」
「二人のことを……忘れかかってたんだ、母さんが殺したんじゃないと信じてたかった……」
静太が言うなり、泣き崩れた。続いて全員が泣き崩れて、床に濡れない涙を零す。
儚げに薄く消えていくそうな、四人。三人は無言になる。
何にも言えないのだ。
悲しすぎて。
慰めることも、諭すことも、全て四人では、ただの耳障りな言葉だろう。
それでも——
「来世を生きたいなら、ほら……あるじゃないか」
指差された方向に四人は目を遣る。—— たしかに朱色の鳥居が見えた。
あれは、人間界へとまた生まれ変われる鳥居だった。
狐の二人は顔を険しくさせて。
「………お前さん」
「ジュン。……まさか」
「冥界に無断で現世に現せた。文句は言わせないよ、……彼らに罪がないから、審判をせずに人間界に生まれ変わらせる。お互いに好都合じゃあないか。閻魔大王様なんか、怖くはないね、僕は」
不敵な発言をしたジュンに、妖天はよさんか、とだけ言った。琶狐は何も言わず、無言を貫く。
そうしているうちに、四人は泣きながらも、朱色の鳥居へと向かって歩み始めた。
最後に泣き声は聞こえず、代わりに最後で消えかかる鳥居に入った。
「ありがとう、狐さんたちと……ジュンくん」
と麻紗子の沈みながら、泣いて赤く腫らせた目を微笑みに変えた。
とても、泣きそうで悲しい表情で。
冥界の朱色の鳥居は朝日とともに消え去って、跡形もなくなった。
三人は家に目を遣る。
禍々しい気は妖天の狐火により、祓われ、ただの平凡な家だったという。
○
「お別れだね」
「……そうだな」
琶狐はそっけなく言った。自分のした行為に怒っているのだろう。
当然だ、冥界の審判をさせずに生まれ変わらせる鳥居を現したのだから。
どんな厳しい咎められるか知らないが、—— 別に恐怖は感じなかった。
普通の妖怪なら、震え上がるだろうに。
妖天は、ジュンをじっと見据えたあと、言った。
「冥界にぃ………行くんだぞぉ………」
と凛々しい表情で。ジュンは、ふっと静かに笑って。
「分かってるよ」
とだけ言った。狐の二人がジュンに背を向けて歩み始めた。—— 森を。
最後に琶狐は大声で。
「またなあ—!」
と言って姿を消してしまった。ジュンもまた森に背を向けて歩み始めた。
麻紗子たちの家を通り過ぎる前に。
ふと、立ち止まって見つめる。
中から、匂う——— 優子の禍々しい気。
「人を殺してまで幸せになりたい……地獄に落ちるのは当たり前だろう。あんたの望んだ結末じゃあないか」
そう、呟いて風が舞う。同時にジュンの姿が—— 跡形もなく消え去った。
○
森の獣道を軽やかに突き進む、狐の男女。
妖天と呼ばれた男はある妖の少年と出会った街の方角を見て。
男の隣に居る、琶狐と呼ばれた女ももじっと、ただ無言で見つめる。
そして、妖天は小声で呟いたという。
「閻魔大王様を…………怒らすなよ、ジュン」
完結