複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝(獣妖記伝録より、ゲストさま出演中) ( No.98 )
- 日時: 2011/07/22 18:59
- 名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)
#01 ( さあ、お逝き )
さあ、お逝き。と少年が指差した方向に人影たちが、集まり向かった。人影は闇のように黒い。
だが……指差した方向にある、仄白く薄暗い小道に近寄る度、だんだんと仄白くなった。
わらわら、と人影たちが集団となり、集まり、……小道に消えてゆく。
ある者は小道の入り口に入る前、少年に『ありがとう』と呟き、消えていく者もいた。
人影たちは——— やがて、小道と共に消え去った。
「やれやれ」
と肩を竦め、少年は言った。小道があった場所を見る。ただ神社の階段と、その隣にある祠の狭い間。
人影たちは人間の死後の姿。即ち、幽霊というものだ。
冥界へと旅をする小道を開いて来た人影たちの大半が、この地域に未練がましく執着していた自縛霊だった。
「———……ふん」
と短く鼻を鳴らし、ぷいっと顔を横に反らす。未練がましく執着していた癖に、あっさりと冥界へ旅立った。
ずうずうしい奴等と少年は、もう居ない人影たちを貶す。
本来は普通に死んだ人を出迎える為の小道。それが、生に未練を抱く自縛霊だったからだ。
好きでこんな役目を背負ったんじゃない。気まぐれだ、ただの気まぐれ。
しかし、今回は違った。鳥居事件で少年—— ジュンは仕方なくしたのだ。
少しでも機嫌を直そうと。冥界を支配者の閻魔大王に………
「さてと、逝くかな」
実際は早く逝くべきなのだが、どうも気が進まなく今まで自縛霊たちを相手にしていた。
余計、少年の気分を一気に不快にさせたが。
それでも、死を受け入れた、ある自縛霊に感謝され、少しばかり気分が良い。
からん、ころん。下駄を鳴らし、神社の階段と祠の間に右足を入れる。
すると、深いようで浅い水たまりに、はまった感覚になった。
そのまま、身を任せる。
次の視界が映すのは、………先程の自縛霊たちと同じ雰囲気の小道。
でも—— 自縛霊たちと、もう会うことはないだろう。
彼等は罪を犯していないからだ。
少年は、罪を犯した死者たちが堕ちる場所—— 地獄に逝くのだから。
○
「えーと……此処だな。全く我ながら面倒なことをしたもんだ」
別に彼らを助ける義理はない。というか、元々縁すらなかった。
それでも、冥界の支配者で地獄に住まう閻魔大王の機嫌を取るのも、全て自分にあった。
それも、相まって少年のうんざりした態度や口調、雰囲気は変わらなかった。
目に映るのは、鉄と木で出来たと思しき大きな門だった。
初めにきた亡者たちは、恐怖と威厳を漂わせる、この門を恐れるだとか。
まあ、無理もないが。少年は驚きもしやしない。
そして門の左右の脇にいる、護衛たちも、亡者たちは恐れ戦くらしいが。
牛の頭と馬の頭をし、体は人間という鬼。——— 牛頭と馬頭だ。
「理由は知ってるだろう、通せ」
「命令するな、妖如きが」
門の左脇にいた馬頭が言う。少年はちらっと牛頭を見遣って。
「やれやれ、君たちもだろ」
「黙れ。少なくとも下界にいる、お前らとは違う!」
右脇にいた牛頭が誇らしげに言い放った。
「ああ、そう。それは良かったね」
とりあえず、適当に聞き流し、お世辞でも言った。面倒事になりたくないので淡白に反応した。
彼等を敵に回すとある意味、色々と面倒なことになる。
出来れば、放浪し、自由気侭な永遠に終わらない旅をする少年は、上手く丸め込んで利用したい相手。
それは………大抵の妖が思うこと。
少年は敵に回しても、どうでも良いとしか、考えてなかった。
「無駄話は此処までだ。早く入れ」
鈍い、錆びついた音を立てて、門が開かれた。少年は門を潜る。
出迎えたのは、熱風だった。
乱雑に門の扉が音を立て、閉まる。
中は燃え広がる炎の世界。少年は唯一燃えていない小道を歩み始めた。
亡者たちが悶え苦しみながら、少年に救済を求める手を次々と差し伸べてくる。
その影は——— 暗闇と良く似た黒さ。
少年は、交わしながら、炎の向こう側に———…………消えていった。
苦しみつつも、その様子を見ていた、ある女の罪人が唇を笑みに歪ませて。
「さあ、お逝き。………帰ってこられるかねぇ」
と呟き、また炎の世界に戻っていった。
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