複雑・ファジー小説
- Re: 妖異伝(獣妖記伝録より、ゲストさま出演中) ( No.99 )
- 日時: 2011/07/23 21:19
- 名前: 玲 ◆PJzDs8Ne6s (ID: ICvI0sBK)
#02 ( 初めての地獄 )
焼け焦げた匂いが鼻をついた。強烈な熱風が頬を、体を熱くさせ、汗を止め処なく流れる。……暑い。
此処は灼熱地獄なので、当たり前だが、暑くて敵わなず、歩む足が遅くなる。
小気味に、からんと鳴っていた下駄も鳴り響かない有様。
額に汗が伝い落ち、生ぬるい滴となって、地面に落ちて、黒い染みを作った。
「ふぅ……」
吐き辛かった息を吐いた。体全体が暑くて意識が朦朧とし始めたころ。炎の向こう側から、人影を見た気がした。
亡者だろう。と最初は気にも留めなかったが、だんだんとこちらに近づいてくる。
さっとジュンは元来た道に戻ろうと背向けた。
「待ちなさい」
穏やかな声だった。誰だ、と振り向けば——……自分に良く似た雰囲気の美しい青年が死に装束を着て、微笑んでいる。
左目は、紅色。透明感のある白い肌が無残にも、細長い切り傷があった。
何となく懐かしい、何かが、懐かしい。
「分からないのも、無理はない。………ジュン、お前の父だ。僕は涼太。母さんは……百合だろう」
「…………!」
目が見開く。目の前に居る青年が……父親だと告げられ、ジュンは思わず、抱きついた。力強く腰に手を回し、抱きつく。
やはり、青年であれども、硬くしっかりとした感覚。大人の男性の体格だった。………それにしては、細いが。
「ジュン、お前に逢えて良かったよ」
「………何で地獄に?」
父親が大罪を犯したとは母から聞いていない、そもそも性格は難あるが良かったと言う父。
村の仇を取るため、村人の子供を見殺しにしたと聞いたが、—— まさか。
「僕は村人の子供を母さんに食べさせた罪で堕ちたんだ、正直に言うとさすがは地獄。いくら母さんに助けられてても、やっぱり……狂ってもおかしくないくらい、辛い。だけど、ジュンに逢ったら、辛くなくなったよ。さあ、地獄は危ない輩がいるからね、僕も一緒に閻魔大王様の元へ行こうか。………話に聞いたが、生まれ変わりの鳥居を無断で現世に現したんだって?」
硬く口を閉ざし、無言になった。父はすらすら、と喋り続ける。
「父さんね、それを聞いた時ね………なんて、馬鹿なガキなんだろうと思ったよ。本当にお前は馬鹿だな。噂に聞いてたが、家族を恋しがる、小生意気でませた妖だとは思っていたが、やはり、そうであったな。最初から可笑しいと……思わなかったのか?」
と口調を変えた父はいきなり繋いでいた手を振り払った。ぐにゃぐゃと容姿を滲ませながら、変えていく。
美しい青年姿が、醜悪な——— 馬の頭をした、鬼に変わった。
ぎょろり、と見る者を竦ませる目玉の大きな鬼だった。
ふん。と鼻を鳴らし、不敵に笑って、ジュンを見下ろした。実際、人との何十倍のある身長。
閻魔大王たちは、それの何百倍の身長がある。地獄の住人は全て異常な身長を持っているのだ。
今はともかく、父親に化けた馬頭を睨みつけた。
侮辱。綺麗な形で薄桃色の若々しい、爪が尖って細長く伸びた。
長さは……たぶん、30センチくらいだろう。
「全く騙されるとは笑般若族の名が堕ちたもんだな」
「退け」
良く考えれば、父が地獄で自分を出迎えるはずがなかった。そこに気付けない自分の不注意に愕然とする。
地獄に堕ちたなら、当然……亡者と同じく悶え苦しんでいるはずだ。父は妖と違い、人間なのだから。
悔しくて、何も言い返せず、やっと出た言葉が……退けという言葉。
唇を噛み締め、じろっと睨み返すしか出来なかった。
「ふん、閻魔様が迎えに来いとのご命令で来た、付いて来い」
相変わらず偉そうな獄卒鬼だ。そもそも、彼等は地獄の最下位であり、せいぜい妖よりかは上なだけ。
扱き使われるのを、妖に晴らすしか出来ない。むしろ、そちらの方が、無様であると言わなかった。
言えば、……必ず、面倒なことに巻き込まれるからだ。
「忙しいだろうね、夏で」
何気なく呟いた。
「そうだ。全く近頃はお盆なのに先祖を家に出迎えようとする、日本古来の伝統を守らぬ、愚かな人間が増えたものだ。その代わり、こちらはぐんと暇になる。逆に忙しくしようとし、忙しくなるのだ。全く迷惑な話なもんだ」
それなら、最初から休めば良いと思うが、これもあえて言わなかった。
言えば、………何となく嫌な予感がするから。
灼熱地獄は通り過ぎたようで、ぐんと冷え込みだした。奥に進むにつれて肌寒くなって、遂に寒くなった。……寒い。
嗚呼、此処は—— 紅蓮地獄か。
寒さで人々を凍らせ、皮膚を引き裂き、血が華のように雪の地面に散らせる。
そんな、寒さの地獄。北極や南極など、比べ物にならないだとか。さすが、地獄だと思った。
「寒いね」
「もうすぐ、着く」
閻魔大王はこんなところに住んでるとは聞いてないが。
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